を通る人影を意識して、聞こえよがしの高ばなしだ。


   この男売り物

      一

「ほ! 何だ、ありゃあ。」
 佐原屋の二階の、おもて欄干《らんかん》に腰かけていた武林唯七が、感心したような大きな声を上げた。
「おい、ちょっと来て見ろ。」
 この数カ月武林は、大阪にかくれていた原惣右衛門、京都に潜んでいた片岡源吾、それから、江戸の堀部安兵衛らと、ひそかに、あちこち往来して、一挙の時期を早める硬論を唱道してきたのだ。それが、こうして纏《まと》まって、かれは、すっかり町家の手代風に変装し、いま江戸へ上る途中なのだった。
 同じ商人ていにつくった間《はざま》新六《しんろく》は、部屋のまん中に、仰むけに寝そべっていたが、
「美《い》い女でもとおるのか。」
「いや、驚いた。なんでもいい。来てみろ早く。」
「騒々しいやつじゃな。」
 と、起って来た。
 唯七は、笑いながら、しきりに眼下《した》の往還を指さしている。
 男が通っているのである。浪人体の武士である。その背中に、「この男売物」と大きく書いた半紙が、貼ってあるのだ。
 白い紙に、墨黒ぐろと――いかにも変な文句。が、何度見ても「
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