に伺いたいことがございますとか――お通し申しましょうか。」
お糸の白い額を見ながら、いったい、取次ぎにこの女を雇ったはずではなかった、と、吉良は思った。
じっとお糸に眼を据えて、無言でうなずいていた。
六
玉虫|靱負《ゆきえ》は、立花出雲守の公用人だった。一間に案内されて、待っていた。
正面のふすまが、左右にひらいて、ふところ手の吉良が、せかせかした足どりではいって来た。
腰元らしい女をひとりしたがえているのを、玉虫は、平伏しながら、上眼づかいに見ていた。
「どうもおそく参上いたしまして――。」
「いや、なに、かまいません。」
吉良が、痩せた膝を座蒲団にならべると、女も、そのうしろに引きそうように、すわった。
用談を持ってきた客には、吉良は、気が短かった。
「お役目のことといえば、御主人出雲殿の饗応お添役についてでしょうが、どういう――。」
すぐ、吉良からきりだした。
用人の左右田《そうだ》孫三郎が、縁の障子の根に、ななめに顔を見せていた。
「申し上げます。ただ今、立花様より、家老へ白銀十枚――。」
「これは、これは。そうたびたび、恐縮ですな。」
吉良は、礼のための礼のように、冷淡をよそおっても、出雲守へ好意を示したいこころが、声に滲《にじ》んでいた。
「お役上、何か御不審でも――。」
「は。御饗応にさし上げますお料理のことでございます。」
「その料理を――。」
「当日は、清らかなお席、生臭《なまぐさ》を断《た》って精進《しょうじん》精物でございましょうか。」
「いや、精物というは、潔《きよ》きものという意です。堂上方が、初春慶賀のため御下向なさる。たとえ精進日であっても、江戸お着の当日は必ず御精進はいたされません。魚類は結構、と申すより、魚類でなければなりません。」
「ありがとうございました。じつは、お精進ものであると申すものと、いや、魚類だという者と、二派に別れまして――そのため、たしかなことを承《うけたまわ》りに上りましたようなわけで。」
吉良は、権威者らしい微笑を漂わせていた。
「精進だなどと、どなたがそんなことをいったかしらんが、断じて精進ではない。今申したように、精進日でも、魚類です。」
吉良の背ろに控えているお糸が、玉虫と同じように、終始緊張して聴いていた。
礼を述べて、起とうとする玉虫へ、吉良が、いった。
「
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