んという戯けた題でげしょう。六樹園も焼きが廻りやしたな。」
と誰かが大声に笑った。皆の爆笑がそれに加わった。
「いや、あの作は戯けているようで、心がすこしも戯けておりやせん。こころに重いもののある嫌味な作品でげす。」
と言ったのは三馬の声であった。
「調子を下ろしさえすればいいと思っていやすから、読む者の心がすこしもわかっていやせん。あの仁には戯作は無理でげす。可哀そうでげすよ。総じて文学者は学が鼻にかかり、己れに堕ちて皆あんなものでげす。」
とも言った。
「狙《ねら》いが外れていやすな。」
と言ったのは勝川春亭であった。三馬は無言で合点《うなず》いたらしかった。
六樹園はもうその席へはいって行く気がしなかった。俗物どもが! いい気なものだと思った。しかしどこからか敵討たれ記乎汝と言われているような気がした。六樹園はそのままそっと若菜屋の玄関へ引っかえして低声《こごえ》に履物を呼んだ。彼は四谷の六樹園書屋に自分の帰りを待っている雅言集覧の未定稿に、これから夜を徹して加筆する仕事を思って急に愉快になった。
底本:「一人三人全集 2 時代小説丹下左膳」河出書房新社
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