昂奮が咽喉《のど》につかえて声が出ないためとみえる。
一同、黙って甚吾左衛門の顔を見ている。ちょっとその権幕に呑まれたかたちだ。なかにひとり口唇を青くして甚吾左衛門をにらんでいるのがある。同藩の士|安斎《あんざい》十郎兵衛《じゅうろべえ》嘉兼《よしかね》これがこの口論の相手である。
「こ、こ、ここへお眼をとめられい。」
と甚吾左衛門は、膝元の、中心《こみ》だけ白紙に包んだ刀身を指して、あらためて猛り出した。
「丁子乱《ちょうじみだ》れ、な、丁子みだれがあろう。丁子乱れは番鍛冶一文字に多しと聞くからには、この一刀は、誰が何と言おうと、これは粟田口だ。」
言い切って一座を見まわす。みんなぽかん[#「ぽかん」に傍点]としているから、じかに当の安斎へ食ってかかった。
「安斎、粟田口だな。」
「ふうむ。粟田口かな。」
と腕を組んだ安斎十郎兵衛、感心したのかと思うと、そうではない。
「なるほど。言わるるとおり乱れは乱れじゃが、ちと逆心《さかごころ》が見える。拙者の観るところ、どうも青江物《あおえもの》じゃな、これは。」
「しかし――。」
甚吾左衛門が口をとんがらせる。
「しかし――。」
と十郎兵衛も負けてはいない。が、一歩譲る気になって、
「しかし――何じゃ?」
「しかし、」甚吾がつづける。「しかし、刃文《もよう》と言い、さまで古からぬ切込みのあんばいと言い、何とあってもここは粟田口、しかも国光あたりと踏むが、まず恰好と存ずる。」
しきりに難かしい論判をしている。
寛永三年春。さくらも今日明日が見ごろというある日の午後だ。
鉄砲洲《てっぽうず》の蔵屋敷に、尾州家江戸詰めの藩士が、友だちだけ寄りあって、刀剣|眼利《めきき》の会を開いている。人斬庖丁を中にお国者が眼に角を立てるんだから、この席上に間違いの端を発したのも、あながちいわれがないでもない。
戦国の余風を受けて殺伐な世だ。そこへ持ってきて、武士の生活《くらし》にようやく落着きと余裕ができかけているから、ちょっぴり風流気もまじって、多勢集まって刀を捻くって、たがいに鑑定眼を誇りあうことが流行《はや》る。これへ顔を出すことは、武士のたしなみの一つとさえなっていた。
今日の会主は本阿弥長職派《ほんあみちょうしょくは》にゆかりのある藩中の老人。さっきから皆がちらちら[#「ちらちら」に傍点]と視線を送っている胡
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