か。
郁之進 池田の怒るのが、おれにはすこしもわからん。彼男《あれ》は、とんでもない邪悪な考えに取り憑《つ》かれておる。うん、立てるとも。
森 (植込みの奥を見こんで)おう、もうお歌の会がはじまりそうだ。さ、行こう。
郁之進 おれはこの衣紋の崩れを直してから行く。貴公、構わず先に行ってくれ。
森 そうか。では、待っているぞ。(去る)
郁之進 (そのうしろ姿をじっと見送って、独り言)池田といい、森と言い、揃いもそろっておれを疑っておる。ああ情ない。どうしてこのおれの、殿に対して何らの異心も無いこの胸の内が通ぜぬのだろう。まだ誠がたらぬのか。(と地《つち》に坐って考え込み、はてはぴたりと両手を突いて、うな垂れる)
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奥の大広間。正面に開かれた襖の外に廊下、その向うに宵闇の迫る庭が見える。
お加世の父、お納戸役人吾孫子なにがしというおどおどした老人が、池田、森の両人と対坐している。
お坊主がはいって来る。
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坊主 (三人へ)ただいま殿には、お歌の会を御中座な
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