わ》のきわにこれを汝に譲るぞ、この刀をば父と思って殿に忠勤を励めと、くれぐれも申し聞けられました景光にござります。(泣く。涙の眼で奎堂を白眼《にら》む)しかるにこれを指して、口にするだも恐しい、君のお命を縮めまいらす刀相などとは――。
奎堂 (冷然と)凶相じゃ、凶相じゃ。そこもとが何といおうと、凶相じゃ。必ず思いあたることがあろうぞ。
矢沢 (あわてて)久保氏! あなたもまた、何もそんな不吉なことをそう言い張らんでも――。
奎堂 私が言うのではない。刀が語っているのです。相に出ておるのです。それを偽ることはできませぬ。
郁之進 ええ! まださようなことを! (掴みかかろうとする)
播磨 ははははは、よいよい、郁之進。騒ぐでない。相対で話をしよう。これ、皆の者、遠慮せい。
矢沢 しかし、殿。ただいまの奎堂先生のお説もござりますれば、ただお一人にて郁之進めと御対坐遊ばす儀だけは、せつにお思い止まり下さりますよう。
播磨 何を下らぬことを! 郁之進ごときが十人掛かっても、後退《たじろ》ぐ余か。
矢沢 しかし、郁之進の刀は魔物と申すことですから、充分に御注意を。
播磨 みな退れ。加世、そちだけはここにおれ。
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家老矢沢、久保奎堂をはじめ、一同は不安げな面持ちで、去る。お刀持ちの小姓も、追い払うように退げられる。後には、播磨守と郁之進。その播磨の陰に震え戦《おのの》くお加世の三人だけになる。
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郁之進 (問題の多門景光を、どさり[#「どさり」に傍点]と殿の前へ差し出して)この一刀は、なにとぞお手許に――。
播磨 (笑って)近う! 男と男だ――なに、その刀を余の手に。ははははは、いや、それには及ばぬ。
郁之進 (はっ[#「はっ」に傍点]として)男と男――?
播磨 うむ、男と男の相対づくだ。遠慮するな。その凶刀を膝傍に引きつけて話をしろ。
郁之進 殿! そもそも剣相と申すこと、昔は聞きも及びませぬ。いつのころより始まりましたものか、わたくしはさようなこと、一向に信用いたしませぬ。将軍家第一の御宝刀は、本庄正宗のお刀と洩れ承《うけたまわ》っておりますが、元この刀は酒田の臣、右馬助とやら申す者の佩刀で、この刀で右馬助が上杉の本庄殿へ斬りつけましたもの。さすれば、持主に崇った凶相の刀でござります
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