く聞えている。李剛と別れたままの朝鮮服の安重根が、隣室を気にしながら神経質に、足早に歩き廻っている。テエブルの上に古行李が置いてある。安重根は細目に正面下手の扉をあけて廊下の様子を窺ったのち、卓子へ帰り、焦慮に駆られる態にて行李を開けようとし、逡巡する。椅子の一つに柳麗玉が腰かけて、尊敬と愛着の眼で見守っている。
長い間。隣室の話声が高まる。廊下の戸があいて、寝台代りの藁蒲団と毛布を担いだ黄瑞露が顔を出す。
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黄瑞露 柳さん、ちょっと手を貸して下さいよ。これ――。
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安重根は病的に愕く。
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黄瑞露 (びっくりして)何ですよ。何をあわててるんです。
安重根 ああ、びっくりした。考えごとをしているところへ不意に開けるもんだから――ああ驚いた。何です。
黄瑞露 ははははは、お前さんどうかしているよ。こっちこそびっくりするじゃないか、ねえ柳さん。床をとって上げようと思って――。
柳麗玉 あら、もうお寝《やす》みになったんだろうと思っていましたわ。
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