です。
クラシノフ 僕も弥次りに行こう。飯にならないんじゃあ、いま家にいたってしようがない。ははははは。
李剛 (ぼんやりと)そうだ。そうしてくれたまえ。
クラシノフ 救世軍の前でやろうじゃないか。やつらの楽隊を人寄せに利用するのだ。
鄭吉炳 しかし、咽喉が耐りませんよ。あの太鼓とタンバリンに勝とうとすると、いい加減声が潰れてしまう――おや! 卓さんは? あの人を引っ張って行って卜《うらな》いの夜店を出させると、うまく往きゃあ煙草銭ぐらいにはなるんだがな。
クラシノフ 名案だ。卓さんはどこにいる。
李春華 二階に寝ていますわ。
鄭吉炳 相変らず要領がいいな。
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駈け上って行く。間もなく寝呆けている卓連俊を引き立てて降りて来る。
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鄭吉炳 お爺さんしっかり頼むぜ。ワデルフスキイの縁日へ商売に行くんだ。眼をぱっちり開けなよ。
卓連俊 (よろよろしながら)卜い者に自分の運命がわからねえように、あんたにゃあ民族の運命がわからねえ、皮肉《ひにく》だね。お互いに無駄なこった。
クラシノフ はっはっは、洒落たことを吐《ぬ》かしたね。商売道具を持ってついて来たまえ。一緒にやろうじゃないか。
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卓連俊は自分の寝床のそばへ売卜の道具のはいった小鞄を取りに行こうとして、上着の下から火酒の壜が転がり出る。
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鄭吉炳 なんだ、臭いと思ったら、爺さん、早いとこ呑《や》ってやあがら。さ、出かけよう。すこしパンフレットを持って行こう。
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鄭吉炳とクラシノフは小冊子の束を抱えて出て行く。古ぼけた手鞄を提げて卓連俊が続く。李剛はパイプを吹かして、じっと洋燈の灯に見入っている。間。
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李春華 (静かに李剛へ近づいて)あなた、みんな外へお出しになったのね。何かお考えがあるんでしょう?
李剛 (気がついたように)うむ。考えがあるのだ、君も、今のうちに柳さんを伴れて、いつものように洪沢信のところへ貰い湯に行って来たらどうだ。
李春華 そうね。そうしましょう――では、柳さん、このひまに一風呂浴びて来ましょうか。
柳麗玉 (物思いから呼び覚まされて快活を装い)え? ええ。お供しますわ。
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と李剛の様子に眼を配りながら、柳麗玉は李春華とともに入浴の道具をまとめて去る。李剛はそそくさと起って、いま女たちが閉めて出た表のドアを開けて来る。そして、階段のほどよい段に洋燈《ランプ》を移し、第一段に腰かけて人待ち顔に洋燈の下でパイプの掃除にかかる。遠くで汽笛が転がる。朝鮮服の安重根がちょっと室内を覗いたのち、足早やにはいって来る。革紐で縛った古行李を引きずるように提げている。すぐ李剛と向い合って行李に腰かける。
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安重根 (微笑して)しばらくでした。
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不安らしく階段の上に耳を澄ます。
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李剛 (パイプの掃除に熱中を装い、無愛想に)大丈夫です。誰もいない。君の伝言《ことづけ》どおりにみんな出してやった。が、そこらでうちのやつに会わなかったですか。
安重根 すぐ前の往来で奥さんと柳に会いましたが、二人とも気がつかないようでしたから、黙って擦れ違って来ました。
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李剛は無言でうなずいて、起ってドアのほうへ歩き出しながら、そっとルバシカの下へ手を入れて財布に触ってみる。安重根も行李を抱えて続こうとする。
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李剛 (戸口で振り返って)君、洋燈《ランプ》を――。
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消す手真似をして出て行く。安重根は引っ返して洋燈を吹き消し、急ぎ足に李剛のあとを追って出る。
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5
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港の見える丘。前の場のすぐ後。
砂に雑草が生えている。暗黒。崖縁の立樹を通して、はるか眼下に港が見える。碇泊船の灯。かすかに起重機の音。星明り。
安重根と李剛が話しながら出て来る。安重根は行李を抱え、李剛は跛足《びっこ》を引き、パイプをふかしている。
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李剛 朝鮮の着物には個性がないからねえ、忍術には持ってこいだよ。
安重根 何と言いましたっけね、あの角の床屋、来ましたか。
李剛 張首明か。(港に向って草の上に腰を下ろす)歩くのは降参だ。うむ。来たよ。あの男の言葉から、僕は君の意思を察した
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