きじゃないか。それが――。
柳麗玉 (鋭く)朴さん、何を言うんです。
張首明 そのことですよ。今朝早く店へ安重根という人が見えて、髪を刈ったり鬚を剃ったりして、お正午《ひる》ごろまで遊んでいましたが、午後ちょっと買物をして来ると言って町へ出て行きました。その時、出がけに、今夜晩くなってからこちらの先生をお訪ねするからそう伝えておいてくれ、と私に頼んで行ったから、ちょっとそれを言いに来たんです。
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李剛は空箱に腰かけ、一同は張首明と李剛を取りまいて立っている。顔を見合って、しばらく間がつづく。
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朴鳳錫 (李剛へ駈け寄って)それごらんなさい、先生。僕は前から、安重根は怪しいと白眼《にら》んでいたんです。今朝、太陽と一しょにウラジオへ来ているくせに、正午までこんなやつのところにごろごろしていて、何を話したんだか知れたもんじゃあない。暗くなってから来るとか何とか、いい加減なことを言って、見ていらっしゃい。きっと来ませんから――でたらめな計画を吹聴しといて、自分はスパイを稼いでやがる。来られた義理じゃあないんだ。もし来たら、この長靴のように伸ばしやる!
李剛 (沈思の態にて、静かに張首明へ)なるほど。その安重根という人は、あなたの店でいろいろ話し込んだ上、あなたに伝言を頼んで、午後町へ出て行ったというんですね。
張首明 そうです。なんだか皆さんのお話しの模様では、御存じの方らしいじゃありませんか。
朴鳳錫 そんなことは余計だ。用が済んだらさっさと帰れ。
張首明 帰れと言わなくたって帰りますよ。(独言のように)なんだか知らねえが、まるで支那祭りの爆竹みてえにぽんぽんしてやがる!
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と帰りかけて、戸口からそとを覗く。
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張首明 誰か来ましたよ、自転車で――あ、白さんだ。白基竜さんだ。
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言いながら出て行く。この間に李春華が二階へ上って、羊燈に灯を入れて持って来て傍らの古家具の上に置く。張首明と入れ違いに白基竜がはいって来る。
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白基竜 (戸口に自転車を立て掛けながら外を振り返って)今のは床屋の張ですね。不思議なお客だな。何しに来たんです。
李剛 遅かったじゃないか。安重根君はどうした。
白基竜 それが、どうも変なんです。黄成鎬さんのところへも、今日早く着くからという報せがあったそうで、あちらへもわいわい詰めかけて待っていますし、僕も、いま来るか今くるかと思って、こんなに晩くまで待ってみましたが――。
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階段の上にクラシノフが現れて下を覗く。
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クラシノフ どうしたい。だいぶ大きな声がしてたようだが、床屋のやつ、もう帰ったのか。
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降りて来る。
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白基竜 何かの都合で一日延びたんじゃないでしょうか。
朴鳳錫 なあに、こっちにはすっかりわかっているんだ。君のいないあいだに、今の床屋の口から大変なことが露《ば》れたのだ。
白基竜 安さんのことでか? 何だ。どんなことだ。
李剛 (決定的に)朴君、私はあの張首明という人間が気になってならない。君、すぐ出かけて行って、あいつの家を見張ってみたらどうだろう、出て来たら、無論、後を尾けるのだ。
李春華 (階段を上りながら)いま熱いお粥ができましたから、皆さんでちょっとすましてから――。
李剛 (激しく)いかん、いかん! 急ぐんだ。それから白基竜君、君は停車場の待合室へ行って、腰掛けにごろ寝している連中のなかに安重根がいないか見て来てくれたまえ。
白基竜 僕にはさっぱり解らないが、安さんがどうかしたんですか。いったい何があったんです。
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朴鳳錫が促して、二人は急いで出ていく。
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李春華 では、あとの人だけで御飯にしましょうか。
李剛 (いらいらして)いや。二人が帰ってから、みんな一緒に食おう。
鄭吉炳 (ばつの悪い空気を感じて)今日は十七日でしたね。
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誰も答えない。開け放したドアの外を行李を抱えた安重根が通って、すぐ物蔭に隠れる。
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鄭吉炳 ワデルフスキイ街《まち》に七の日の縁日がありますから、それでは私は、その間にちょっと××運動のアジ演説をやって来ようかな。あすこの市《いち》には、朝鮮人の人出が多いから、わりに効果があるん
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