突然立ち停まって安重根の腕を握り、下手を覗く)君! 柳さんじゃないか。そうだ。柳麗玉さんだ。
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二人が下手に眼を凝らしつつ古着屋の前の電柱の陰へ隠れる時、柳麗玉が現れる。ウラジオから今着いたところで旅に疲れた様子。一尺四方程の箱包を糸で縛って抱えて、家を探す態で軒並みに見上げながら、不安げに歩いて来る。
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安重根 (やり過しておいて)柳さん!―― やっぱり君だったか。
柳麗玉 あら! 安さん。よかったわ。まあ、徳淳さんも――。
安重根 (嬉しそうに柳麗玉の肩へ手を置こうとし、自制して後退りする)何しに来たんだ。何しに君はこんなところへ来たんです。(不機嫌に)僕らの今度の目的は、君も知っているはずだ。
柳麗玉 (いそいそと)ああよかった。後を追っかけて来たんですわ。夢中でしたわ。でも、ここでお眼にかかれて、ほんとに――。
禹徳淳 (苦々し気に)とうしたんです。柳さんはよく理解して、あの朝、ウラジオの停車場で気持ちよく見送ってくれたじゃないですか。
柳麗玉 (安重根へ)すぐつぎの汽車でウラジオを発って、今着いたところですの。李剛先生が、きっとこのポグラニチナヤの劉任瞻というお薬屋に寄っているだろうとおっしゃって――。
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安重根と禹徳淳は顔を見合わせる。
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柳麗玉 (にこにこして)忘れ物をなすったんですってね。あたし李剛先生に頼まれて、その忘れものを届けにまいりましたのよ。
禹徳淳 忘れ物――って何だろう。
柳麗玉 (紙包みを出して)何ですかあたしも知らないんですけれど――あなが方がお発ちになったすぐ後、李剛先生があたしを呼んで、二人が大変な忘れ物をして行った。非常に大切な物だ。ないと困る品だ。安さんは必ずポグラニチナヤに途中下車して、まだそこの劉任瞻という薬屋にいるだろうから、あたしに後を追って渡すようにと言うんでしょう。大あわてにあわててつぎの汽車に乗ったんですの。
禹徳淳 どうして先生は、おれたちがここへ寄ったことを知ってるんだろう。
安重根 (笑って)そら、さっき話したじゃないか。いつか李剛さんが何気なく、ここの劉東夏の噂をしたことがあるって。あの人の言動は、その時は無意味に響いても、後から考えると
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