ええ。お供しますわ。
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と李剛の様子に眼を配りながら、柳麗玉は李春華とともに入浴の道具をまとめて去る。李剛はそそくさと起って、いま女たちが閉めて出た表のドアを開けて来る。そして、階段のほどよい段に洋燈《ランプ》を移し、第一段に腰かけて人待ち顔に洋燈の下でパイプの掃除にかかる。遠くで汽笛が転がる。朝鮮服の安重根がちょっと室内を覗いたのち、足早やにはいって来る。革紐で縛った古行李を引きずるように提げている。すぐ李剛と向い合って行李に腰かける。
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安重根 (微笑して)しばらくでした。
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不安らしく階段の上に耳を澄ます。
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李剛 (パイプの掃除に熱中を装い、無愛想に)大丈夫です。誰もいない。君の伝言《ことづけ》どおりにみんな出してやった。が、そこらでうちのやつに会わなかったですか。
安重根 すぐ前の往来で奥さんと柳に会いましたが、二人とも気がつかないようでしたから、黙って擦れ違って来ました。
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李剛は無言でうなずいて、起ってドアのほうへ歩き出しながら、そっとルバシカの下へ手を入れて財布に触ってみる。安重根も行李を抱えて続こうとする。
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李剛 (戸口で振り返って)君、洋燈《ランプ》を――。
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消す手真似をして出て行く。安重根は引っ返して洋燈を吹き消し、急ぎ足に李剛のあとを追って出る。
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       5

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港の見える丘。前の場のすぐ後。

砂に雑草が生えている。暗黒。崖縁の立樹を通して、はるか眼下に港が見える。碇泊船の灯。かすかに起重機の音。星明り。

安重根と李剛が話しながら出て来る。安重根は行李を抱え、李剛は跛足《びっこ》を引き、パイプをふかしている。
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李剛 朝鮮の着物には個性がないからねえ、忍術には持ってこいだよ。
安重根 何と言いましたっけね、あの角の床屋、来ましたか。
李剛 張首明か。(港に向って草の上に腰を下ろす)歩くのは降参だ。うむ。来たよ。あの男の言葉から、僕は君の意思を察した
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