いて、さっぱり要領を得ない。押したりゆすぶったりして、やっとのことで訊《き》きただしてみると、いやはや、とんだ間違いをしたものだ!
 久七め、鎧櫃を妻恋坂のお屋敷へ渡しちまって、花瓶を向島へ持って行ったという。
 もちろん、最初妻恋坂へ寄るつもりで、明神下へさしかかったところが、一軒の縄暖簾が眼についた。好きな道。す通りはできない。どうせ帰りは夜になる、使い先だが、まあ一杯ぐらいはよかろうとはいりこんだのが、ついに二杯三杯と腰がすわって、久七すっかりいい気持ちになってしまった。
 で、品物をあべこべ[#「あべこべ」に傍点]に届けたのだ。
 さあ、驚きあわてた閑山、しかってみたところでおっつかない。朝になるのを待ちかね、自身妻恋坂へ出かけてゆうべの粗忽《そこつ》を謝し、あらためて花瓶を渡して、さて、鎧櫃を下し置かれましょうと申し入れると、
 鎧櫃! そんな物は知らぬ。さらに受け取った覚えがない。
 ――というきつい挨拶。頭からかみつくようにどなられて、閑山すごすご[#「すごすご」に傍点]と引き取って来た。
 しかし、酒こそ呑《の》むが、久七は長年勤めた忠義者、まさかに嘘《うそ》をついてい
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