に引き添って脇息《きょうそく》が置いてある。
 やがて、はでやかな衣類に胸高に帯を結んだ奥女中が、燭台を捧げてしとやかにはいって来た。白い顔が夢のように浮かんだと思うと、ゆらり[#「ゆらり」に傍点]と一揖《いちゆう》して出て行く。
 金泥と蒔絵《まきえ》に明るい灯が踊っている。
 八百八町の雑音もここまでは届かない。
 桜田御門外はさいかち[#「さいかち」に傍点]河岸《がし》、大老|井伊掃部頭《いいかもんのかみ》様お上屋敷の奥深い一間である。
 この直弼《なおすけ》という人は『作夢記事』などという本は「井伊掃部頭殿は無識にして強暴の人なり」とだいぶこっぴどくこきおろしているが、強暴というのはいってみれば闘志|熾烈《しれつ》の別名で、あくまでも我を貫こうとする見識は、往々にして無識にも見えようというものだ。剛腹で自主の念が強かったというが、これは何事も調べ上げ、きわめ尽くした事実の上に立っていたからこそで、そこで無識とののしられ強暴と折り紙を附けられたのであろう。
 とにかく普通一般の殿様が下情に通じようなどという道楽気分からではなしに、井伊直弼は政務の一端としてよく市井の音に耳を傾けて
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