述懐! 京表よりもどって以来、そこもとはどうも気が弱うなった。いいやいや隠さんでもよい。人の心はさまざまの日が来るものじゃ、うむ、それよりも守人殿、ここに一つ、ぜひ御辺に見せたいものがある」
 年寄りだけあって、玄鶯院は古風ないい方をする。
 家内《なか》では守人がたちあがるようす。
「先生、何でございます」
「まずこれへ出られい」
 とうとう引っ張り出された形、竹の濡縁《ぬれえん》から庭下駄を突っかけて、ゆらりとおり立った一人の若者。
 水戸の浪士篁守人である。[#「篁守人である。」は底本では「篁守人である」]
 まだ前髪を落としてまもなかろう。色白の中肉中背、といっても野郎風ののっぺり[#「のっぺり」に傍点]顔ではない。気骨|凌々《りょうりょう》たる眉宇《びう》と里見無念流の剣法に鍛えた五体とがきりり[#「きりり」に傍点]と締まって、年よりは二つ三つふけても見えようが、病み上がりとはいえ、悍馬《かんば》のようなはなやかさが身辺にあふれているから、苔《こけ》臭い庭がぱっ[#「ぱっ」に傍点]と明るくなったほど、なんとも立派な若衆ぶりだ。
 ことに切れ長にすんだその眼、それには異性の琴心をかき乱さずにはおかないあるやさしい悩ましさを宿しているところを見ると、この守人、ことによると、いたるところで思わぬ罪つくりをしているかもしれない。
 それはそうと、相手が洒落気たっぷりの老人だ。何か見せる物があるとのことだが、真に受けていいものかどうかとあやぶむように、守人はくすぐったそうにほほえみながら近づいてゆく。
 そんなことにはおかまいない。玄鶯院は石のように大まじめだ。
「これじゃ。何としても御辺に見せたいと思うたは、これじゃよ」
 といきなり足もとの落ち葉を指さした。
「ははあ」
 感心を装った守人、来たな、また何か人の悪いおち[#「おち」に傍点]があるのだろう、と考えたのでにやにや[#「にやにや」に傍点]黙っている。
 ところが、玄鶯院は珍しく口がすくない。しゃがんで、棒きれで落ち葉の山を突ついてる。
 いつまでたっても突ついているから守人のほうからきいてみた。
「それが、何でござりまする」
「これかの」
 と老人が顔を上げたとき、黒豆のような瞳がきらと輝いているのに、守人ははっ[#「はっ」に傍点]と息を呑んだ。
「これか」玄鶯院がいう。「これは、見らるるとおりの朽ち葉
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