の姿見の井戸へおのおの入口で黒い袋をもらっては保護を求めるような顔をして、二、三人、四、五人ずつはいり込んだ。
津賀閑山もその一人だった。
すっかり一同がはいり込んだのを見すまして、手枕舎里好がいきなり黒い袋を脱ぎ捨てるのを合図に、一同、袋をかなぐり捨て用意の獲物々々をふるい、周囲の三百近い黒い袋に打ってかかった。
姿見の底の割れる日が来たのである。
井底の乱闘は、乾分の掏摸などにまかせておいて、寄せ手のおもだった人たちは、奥の垂幕からかけ上がって、突如として白い袋を襲った。饗庭亮三郎である。
とわかると、それは国表の水戸で、守人の父篁大学を斬った守人にとっては親の仇だ!
内藤伊織や、帝釈丹三を片づけてしまって、里好と文次とお蔦が、看視している真ん中に、刀を与えられた饗庭亮三郎、悪鬼のごとき形相で、孝子守人の刃を受けかねている。
陽が上がった。
烏羽玉の闇は消えるであろう。
近く、三月三日を期して、水戸の志士が桜田門外の井伊大老を要撃することは、文次にはわかっているが、彼はもう、幕府の密偵《いぬ》ではなかった。
ちょうどこの時刻、相良玄鶯院は、へらへら[#「へらへら」に傍点]平兵衛を連れて雲水の旅に出ようとしていた。そして、ただ気がかりな新太郎を守人に托そうとして、守人の帰りを待っているが、新太郎が守人を通して、お蔦にあえば、お蔦としては親子としての覚えもあろう。が、それは、お蔦と守人にとって新しく生きる道へのさまたげとはなるまい。
守人が、帰雁に饗庭亮三郎の血を塗ったとき、下から里好の乾分の一人が上がって来て、笑いながらいった。
「みんな片づきやしたよ。もう、烏羽玉組は全滅でさあ」
朝の光が、抱き合ったお蔦と守人の上に落ちた。
底本:「巷説享保図絵・つづれ烏羽玉」立風書房
1970(昭和45)年7月10日第1刷発行
入力:kazuishi
校正:久保あきら
2009年1月28日作成
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