い視線をありありと意識した。はっ[#「はっ」に傍点]と思って見返すと、白い布に包まれた手が、すうっ[#「すうっ」に傍点]と上がって自分を指さしている。とたんに、うしろに、
「たて!」
という声がして、同時にお蔦は軽く背中をけられるのを感じた。
たち上がる。
そのまま、白い袋は引っ込んで行く。お蔦の他に二人、選ばれた黒い袋がそれに続いた。
垂幕をくぐると胸突き上がりの階段になっていて、上は壁から天井から床まで、黒塗りに塗った小さな部屋だった。黒檀《こくたん》であろう、黒い木で作った脚長《あしなが》の机と腰掛けが置いてあるのだが、引き上げられた三人は、掛ける気もせずに、眼白押しに壁ぎわに立った。机を隔てて白い袋がすわる。
鷹《たか》のような眼が壁にならんだ六つの眼を見渡すと、白い袋に扈従《こじゅう》している二、三の黒い袋の一つが、恐ろしいしわがれ声で口を切った。
「今夜は、お頭から用がある。知ってるかもしれねえが、ここにいらっしゃる白い袋の御方が、烏羽玉組の頭なんだ。今、お話がある」
と、その声である。これを忘れてどうしよう? 鎧櫃から出されて気絶したまねをしたときに、背の高い侍といっしょに、自分をあらためたあのじゃらじゃら[#「じゃらじゃら」に傍点]声の猫侍ではないか。
いうまでもなく内藤伊織。
と、するとその白い袋の中に納まっているのは妻恋坂の殿様として、明るい世界では旗本で通っている饗庭亮三郎その人ではあるまいか。
どうなることか――どうなっても、ままよ、驚くことはないとお蔦が覚悟をきめたとき、低い含み声が、白い袋をもれて出た。
「かねて知ってのことではあろうと思うが」静かな声である。
「今江戸に出没して、幕吏を始め、町方の者を悩ましている烏羽玉組の根拠は、お前たちが今までおったこの底の会所じゃ、いったい世の中のことはすべて報酬附きで、一を与えれば一を取る。二を授かった者は二を捧げるつもりでおらねばならぬ。
と、いうたからとて、わしは何も、今までお前たちに、寝食を与え、休養させておいたからといって、この仕事を押しつけるわけではないが、お前たちにしてみれば、たとい、一日でも、いわば、世話になった以上は、少しは当方のいい分も聞かねばならぬ心持ちがあるであろうと思う。そこさえわかっておれば、わしらが何をいい出そうと、喜んでやってくれるはずだ」
ちょ
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