の首か」
「いかにも!」
「わっはっはっはは」笑い出した銀二郎である。「でかしたぞ。首とはよかった。うむ、持って行け、といいたいが、こんな古い薄ぎたない首でも、おれにはまだすこうし要があるでな」
「未練なことを申すな。そっちに、拙者のみといわず、同藩の者には首をねらわれる覚えがあろう?」
「これこれ、篁、そ、そんな堅苦しいことをいうものではない。おぬしはまだ若い。若いから一本調子だ。だがな篁、世の中はそうむき[#「むき」に傍点]になってもいかんものだぞ。
なるほど、書を読み眼を開いて大勢を観ずる者、誰しも一意向、一家言を有するのは当然だ。それによって討幕もよい。勤王《きんのう》も面白かろう。佐幕もまた妙じゃ。が、しかしなあ、世のことおおむね理屈《りくつ》ではない。まわりまわって帰するところ、要するにこの身一個のやりくりだ。な、篁、そうではないか」
「えいっ! この期《ご》に及んで何を――」
「まあ、聞け。斬るのはいつでも斬れる。それよりも心の持ちようだ。思い詰めれば何事も途《みち》のふさがるものだが、一転機に立って勘考方《かんがえかた》を変えてみれば、なんだつまらねえ、何もやきもき[#「やきもき」に傍点]することはない。他人《ひと》は他人、自分は自分だ――さ、こうなると、身辺洋々として春の海のごとし。なあ、要するに融通一つだよ。当節の世の中だな。武士といえども御他聞にもれずさ。利口になれ、利口に」
「ちっ! 変心に理を構える見苦しさ。遊佐!」守人の声は友情に泣いていた。「遊佐! お、おぬし、魔がさしたか。剣をとっては里見先生の道場に、そ、その人ありと知られたおぬしではないか――」
「いうな。昔のことだ」
「また、相良《さがら》先生の教えをも朝夕親しく受けた身ではないか。一時の夢か。ゆ、夢ならさめてくれ。これ、遊佐、守人が拝むぞ」
「はっはっは、玄鶯院は国賊じゃよ。西方の魔術に魅入《みい》られたあれは逆徒じゃ」
「なな、何だと?」
「篁、おれは酔うとる。何事も酒がいわせることと思ってくれ。もとの同志の方々へ、よろしくと、これだけは頼む。どりゃ、失敬しようか。夜風は寒いな――篁さらばじゃ」
「ま、待てっ! 待たぬか」
「黄口の乳児、談《かた》るに足らぬよ」
「その乳児の一刀、受け得るものなら受けてみよ!」
叫んだ守人、その前にすでに、帰雁は銀二郎を望んでおどり出てい
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