ころからのことである。いうまでもなく、守人が玄鶯院の嗜人草を持ち歩いて、これと思う者へ附着せしめていたのだ。これがいわゆる死に花の恐怖である。
で、守人が夜歩きをするのはそのためだった。そして、深夜または夜ふけに帰ってきて、守人が玄鶯院に指を出して見せるのは、花をつけて来た人数を示すものだった。
ところへ、不意にあの税所邦之助の来襲である、うまく一同を二重天井へ隠して事なきを得たものの、どうしてもれたのか守人は不思議でならなかった。
誰か内通でも――?
そう言えば思い当たるのが遊佐銀二郎である。
あれからこっち、銀二郎は姿を見せないのだ。
守人がまだ故郷の水戸で里見無念斎《さとみむねんさい》の道場に通っていたころ、師範代をつとめていたのが遊佐銀二郎、それから江戸の両国で銀二郎は人魚の女のお蔦と同棲《どうせい》していたが、そこで守人はお蔦を見て、二人は、恋し恋される仲となったのだったが――。
あのお蔦はどうしたろう?
いや、思ってはならぬ。
が、銀二郎の行動こそは奇怪である。
しばらく行方《ゆくえ》をくらましていたと思ったら、はじめて先夜の会合に顔を出して、それ以来またばったりと消息を絶った。
銀二郎を探し出してきくべきことをきき、そのうえで、次第によっては帰雁に物をいわせてやろう――と、守人は、夜ごとに方来居を立ちいでていたのだが、まもなく数寄屋橋ぎわの闇黒《やみ》で会ったのが、先夜の同心税所邦之助だったから、守人はさっそく携えている革袋から嗜人草を一本取り出して――。
その晩、方来居に帰って来て、守人は人さし指を一本出して見せた。
「誰じゃったな?」玄鶯院がきいた。
「税所でござる。あの同心の」
「ほほう、でかしたのう」こういって玄鶯院はにっこりしていた。
こちらはいろは屋文次と御免安兵衛。
今度こそはと眼ざして行った鳥が立ったあとで、三味線堀の家が留守なので、また手がかりを失った形で、
「親分、どうしたもんでしょうね」
「そうよな。ま、当分|日和見《ひよりみ》だ」
いいながら、夜ふけて浮世小路のいろは寿司へ帰ってみると、いま屋根屋新道からお使いがあって、旦那があぶないとのこと。
きいてみると、死に花らしいというから、文次と安、息せき切って八丁堀へかけつけた。来てみるともう医者が来ていて、すぐに草を抜いて、あとの毒血を吸い出し、全身
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