つまり二重に張った天井の中間がようように腹ばいにはえるくらいの空隙《すき》になっていて、それが家じゅうの天井をおおいつくしていた。
 この低い二重天井へはい上がって、一同鳴りをしずめていたのだから、税所邦之助の一行が捜し当て得なかったのもむりではない。やっと腹ばいになってはいれるくらいの高さだから、二重天井になっていても、気のつくほどではないのだ。これでまんまと捕方を煙《けむ》にまいたわけである。
 さて、この箱のような二重天井の一隅《いちぐう》に砂を敷き、藁で囲って、いつのころからか不思議な植物が栽培されていた。玄鶯院が呼んで「嗜人草《しじんそう》」といっているのがそれである。
 千代田城の伺候を辞してから、蘭医玄鶯院はしばらく曽遊《そゆう》の地長崎に再び自適の日を送ったことがある。そのとき、ある和蘭《オランダ》船のかぴたん[#「かぴたん」に傍点]から隅然手に入れたのがこの妖異きわまる嗜人草の苗であった。
 嗜人草は、南方の砂原|須原《スハラ》の内地に産する怖草《ふそう》の一種で、むかしはこれのために旅人が悩まされ、隊商のむれがたおれたものであるが、いまはだんだん少なくなって、それほどの害も及ぼさないが、それでも、南の国では名を聞いただけでも人を戦慄《せんりつ》させる植物であるとのことだった。
 ことにその苗は強く、何か月何年紙に包んでおいても死ぬということはない。そして、砂におろしたのちも、根が砂についてあるところまで成長するまでは無害だが、いったん成長しきって、といったところで元来小さな草だから五分くらいにしかならないのだが、蕾《つぼみ》を持ってくると[#「持ってくると」は底本では「持ってくるし」]、急に猛毒を含むようになる。
 それだけでは他の毒草のごとく、口中に入れたり触れたりしない限りまず心配はないわけだが、この嗜人草はその名のとおりに、毒を持つようになると人体に根をおろすことが大好きで、須原《スハラ》の砂漠《さばく》などでは、毒の蕾を持ったこの嗜人草が砂を離れ、群をなして風に乗って人血の香をさがして吹いてくるので、この毒草の風幕に包まれて、数百人から成る一隊商が全滅してしまうことも珍しくなかったというかぴたん[#「かぴたん」に傍点]の話だった。
 つまり、五分くらいの長さに伸びて蕾を持つようになれば、ちょっとした風にでも根が砂を離れて、ひとりで人体を求
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