た。
その夜お久美は、何度も手を伸ばして、庄吉のたくましい腕や肩に触ってみながら、眠った。
夢は、すぐに来た。
かの女は、海岸の崖に、風に吹かれて立っていた。引き潮だった。夜にかわろうとする薄明のなかで、いつもは水に覆われている砂地が、遠くまで銀いろに光っていた。海草や、不思議な海の小動物が、そこここに、花のような毒々しい色だった。こういう現象は初めてだったが、いつもの場処であることに変りはなかった。地上に載った寺の屋根の片側に、宵が濃くなりつつあった。草も、墓石も、呼吸づいて、しいんとしていた。立樹の背景には、白い空が沈もうとしていた。磯松の列が、一方だけ手をひろげて、その下に、いま来た小みちが、ほのかだった。お久美は、一瞥にそれらをおさめて、やっぱり来てしまったという気がした。そして、十何年もそこに自分を待ってきた人を待つこころで、草のなかにしゃがんで、海を眺め出した。予期した恐怖も、湧いてこないで、何だか、ひどく事務的な気もちだった。いまに、何かが出て来る。とうとう現れる。ただ、しきりにそう告げるものがあった。少女のころから、そして昨夜も、かの女は、その男が姿をあらわすの
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