、人に立てられ、多勢の下女下男を使っているばかりでなく、恋仲で一しょになった夫の庄吉は、若くて、綺麗で、優しくて、働きがあって、それに日増しに愛してくれていた。そして、その庄吉とのあいだに三人の可愛い子供まであるのだった。何かひとつ思うようにならないものだというが、お久美は、身辺を見まわして、何も欠けたものを発見することはできなかった。富と、富の購《あがな》い得るあらゆる栄耀と、良人の愛と、子供の愛と、事実、完全な幸福がお久美を包んでいるのだった。満ちたりた心もちだった。かの女は、毎日を楽しんで、運命への感謝のうちに送ることを忘れなかった。
 こうしていつもは、快活すぎるほど快活なお久美が、今日は、別人のようにぼんやりふさぎこんでいるのだった。
 かの女は、その、じぶんの周囲を形作っている輝かしい条件を、一つひとつ調べるようにこころに挙げながら、そうすることによって、この妙に気にかかってならない不安の正体をはっきり掴もうと努力していた。何だか知らないが、落ち着かない、嫌な気もちだった。それがわかって除《と》り去《のぞ》かれたら、どんなにさっぱりするだろうと思った。天候のせいも、すこしは
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