旅は、きまってここで終っているのだった。胸の騒ぐ気味のわるい景色だった。暮れて行く海と、寒ざむしい古寺と、高く低く飛ぶ烏の羽音と鳴き声だけでも、お久美を恐怖に駆るに充分だったが、夢は、子供の時分幾晩つづけてみても、草一本、石ひとつの位置も変らなかった。夕陽の色、寺の屋根の影、段だんに崩れる浪のかたち、見るたびにすべてがおなじだった。草むらから鳥の立つ、その場処もきまっていた。足に露がかかって冷たいと思うところも、すこしの狂いもなく一定していた。かの女は、この夢のなかの自分のほうが、ほんとのじぶんよりも、自分に慣れて、きめられたとおり安心して呑気に振舞えるような感じさえした。そしてそれに気がつくと、びっくりして※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]き出して、大声に助けを呼んでいるうちに、眼が覚めるのだった。
夢は、ゆうべ、成人して人の妻となり、母となったお久美に、ふたたびよみがえった。
細部まで、むかしと変らない夢だった。ただ、夢のうえにも、十年の春秋が流れていただけだった。十年の風雨は、夢のどこにでも見られた。だから、すこしも変らないようで、細部まで、十年のあいだの自然の変化を、まざまざと示していた。崖の崩れたところがあった。眼下の浪うち際の凹凸が十年間水に噛まれて、削られて、激しく形をかえていた。小径の段が、朽ちて、砂に隠れていたりした。寺の屋根はすっかり落ちて、置物のように地に据わっていた。庫裡は、柱もわずかに残っていた、壁も倒れて、古材木の醜い堆積でしかなかった。山門だけが、元のままに踏みこたえていた。墓場の石も、昔のとおりに乱立していた。垣根のあった個所に、せいの高い草がしげって、見おぼえのある捨て石に、青苔の層が十年の厚みを加えていた。
変ったのは、夢の風景ばかりではなかった。一心に道を辿って行くお久美も、少女から人妻、そして三人の母にまでかわっていた。変らないのは、その古寺の近くに誰かが待っていて、自分はその人に呼ばれて、惹かれて、こうして急いでいるのだという、抱きしめたいような感情だけだった。
「ほんとに、あんな変な夢ったら、ありゃあしない。」
下町の女らしく、お久美は、ちょっと伝法に、剃りあとの青い眉をひそめた。
「どうしていつも同じ夢ばかり見るんだろう。でも、たかが夢じゃあないか。それに、べつに海へ飛びこむの、お墓からお化けが出る
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