助が左利でない事を知っている。之は全然眠っている所をやらないで、ゆすぶりおこして要之助がねぼけまなこでいる時の方が却ってうまく行くであろう。
そうして要之助が握ったとき、機を失わず鉄の文鎮で一撃にそのみけん[#「みけん」に傍点]を割るのだ。
勝負は一瞬の間だ。要之助は直ちに死ぬにきまっている。つづいて彼はいかにも争っているような悲鳴をあげる。要之助の死体の位置を適宜《てきぎ》の所におく。斯くて彼は完全に殺人を行う事が出来、所罰《しょばつ》を免るるを得るのだ。
彼の申立は頗《すこぶ》る簡単に行く筈である。彼は係官に対し次の如くいうつもりである。
「私ハ夜中ニ何ダカ咽喉ニ冷《ひや》リトシタモノヲ感ジマシタ。ツヅイテ刺スヨウナ痛ミヲオボエマシタノデハット思ッテ目ヲ開クト要之助ガ悪鬼ノヨウナ相《そう》ヲシテ白イ光ルモノヲモッテ私ニ馬乗リニナッテイマス。部屋ニハ電気ガツイテ居マスカラハッキリワカリマス。私ハ次ノ瞬間ニ殺サレルト思イマシタ。身体ハ押エラレテ動ケマセヌ。勿論逃ゲルヒマハアリマセヌ。思ワズ右手ヲノバスト手ニ何カ堅イ物ガサワッタノデ夢中デ要之助ノ顔ヲナグリツケマスト彼ハ『アッ』ト云ッテ倒レマシタ。私ハソレデ直グ人々ヲ呼ンダノデアリマス」
検事が果してこの言を信じるだろうか、無論信じないわけはない。あとは主人其の他が要之助の平素に就いて述べてくれるであろう。
実に素ばらしい企てである、と藤次郎は考えた。そうして思わず微笑した。
愈々《いよいよ》寝《しん》につく時が来た。藤次郎は予定通り短刀を要之助の目の前で戸棚にしまった。あとはもうねるばかりである。
要之助は美しい横顔を見せてすぐに眠りにおちたらしい。藤次郎はつくづくと其の顔に見入った。自然が男性の肉体に与えた美しい巧みである。然し藤次郎には同性の美しさに好意をもつことは断じて出来なかった。彼は今更、要之助の顔を呪った。
十二時半になり一時頃になった。時は正に真夜半《まよなか》頃になろうとしている。然しまだ何となくあたりが落ち付かぬようだ。
藤次郎は、健康な肉体が必然に伴って来る烈しい睡魔と戦わねばならなかった。
彼ははじめ余りに緊張したせいか、二時頃に至ってますます甚しくつかれはじめた。
藤次郎はいつともなしにとろとろしかかった。
と、彼は不思議な夢に襲われはじめた。
要之助がいつの間にか立
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