れた感じはひどくいやなものだった。
彼は大道の法律家をそのままそこに残してぐるりと歩をめぐらした。そうして池畔を廻って××館という映画館に入ってしまった。
彼が席に腰を下ろして、卵をむしゃむしゃやりはじめたとき、映写されていたのは外国の喜劇であった。
朝から不愉快な思いに悩みつづけていた彼は、ようやく、そのスピードの早い写真を見て胸の悩みを一時忘れることが出来た。そうしてそれが終って次の映画がはじまる頃は、彼は全く夢中になってそれに見入っていた。
それは一種の犯罪映画であった。或る悪人の学者が――説明者はそれを博士博士と云っていた――財産を横領せんが為に、何とかいう伯爵夫人を殺そうとするのである。伯爵夫人といっても舞台がフランスだから伯爵の妻ではなく、夫はないのだ。そしてその女が死ねばどうして博士に財産がころがりこむことになっているのだか其の辺はよく藤次郎には判らなかった。しかしそんなことはどうでもいい。この映画の中で、面白いのはその博士が伯爵夫人を殺す方法で、彼は自分で手を下さない。ここに或る美男青年が現われるが、博士はその男に催眠術をかける。男はその暗示に従ってある夜半、夢中の中に恋人伯爵夫人を殺してしまう。
時計が大写しになる。正に二時五分前。
「其の夜の二時頃であります。彼はがばとはねおきました。彼は夢中のまま伯爵夫人の部屋へと進むのであります。ドアー(説明者は戸のことをドアーと発音した)の鍵穴よりうかがい見れば……」
説明者の説明につれて映画はクライマックスに達する。夢の中で自分の部屋から出かけて行く所を、その青年に扮した役者は非常に巧みに演じた。彼は説明者のいうところと一寸違って伯爵夫人の寝室の戸をこつこつと叩く。夫人は恋人の声を聞いて戸を開くと、男が不意にとびかかって絞殺する。この辺は極めてスリリングであった。藤次郎は空になった卵の袋を握りしめながら映画に見入った。
之から名探偵の活躍となりついに博士がほんとうの犯人であることがわかる。博士はいよいよ追跡急なるを知るや自動車をとばせて逃げだす。結局は逃げ場がなくなって自殺をしてしまい、青年は許されておまけに百万長者となるという、後半は全くくだらないものだった。
が、藤次郎は息をもつかずにこの映画を見終った。
彼が××館を出たのはもう夜になってからである。いつもなら他の館に入る彼は何思っ
前へ
次へ
全14ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング