教えたのだ」
二人の刑事は改めて私を見たが、
「あなたはどなたですか。この男とどういう関係があるのです」
とたずねるのである。私はこれに答える義務はない筈なのだが何分相川の発した絶叫は群集をあつめるのに十分なので、長くなっては事面倒と手早く、職業用の名刺を出し、更に、
「僕もどうせ警察へ行くつもりなんです。署長に会うつもりなんですから。この男とは全く関係はないのですが、ともかく、この男にあなたの方で用があるなら、私も一緒にタクシーででも一緒に署まで行きましょうよ。何分こんな所でわめかれては私も堪りませんから」
私の名刺がどんな力を刑事に与えたか、与えなかったかは私の知る所ではない。彼らは私と相川との関係をどう思ったか知らないが(この場合、相川を私の依頼人なりとし、私をその弁護人なりと信じたかも知れない)ともかく、私の提議には異議がないらしく、構外に出るとすばやくタクシーをよんでくれ、相川を三人でかこんで、無理やりにのりこんだため、停車場で群集のさらしものになるのは辛くも逃れ得た。
自動車の中では相川一人が気狂いのようにしゃべりまくっていた。
「恐ろしい事だ。しかし今となっちゃ気がらくになった。ひろ子の奴とうとう訴えやがった。……肺炎ですよ。あれが死んだのは! 診断書にだってあったでしょう。ただ私があいつを肺炎にさせただけなんだ。どうだい、刑事君、あいつを雪の中に出して病気にしたんだぜ。うまい殺人法だろう。これも皆この先生(私をさして)におそわったんだぜ。俺は殺人犯人さ。しかし、この先生はその教唆犯人なんだよ。刑事君、しっかりたのむよ」
つかまってからの彼は、犯罪人の常として急に気が楽になったらしく、むやみにしゃべり出すのだった。
私は勿論、二人の刑事も一言も発しなかった。
自動車は夜のT市を走りながら警察署についた。
ここで私は無論、相川俊夫と一旦引きはなされた。東京の某司法官から警察署長にあてた紹介状をもっていたので、私は、わりに丁重に署長室にと通された。署長はその時室に居なかった。
どこかから、不相変どなるような相川の声がきこえている。
やがて署長が見えたので、私は自分が今日来た目的の用事をいろいろ物語った。
しばらくすると司法主任らしい人が出て来て、署長と私語をかわしていたが、司法主任が去ると、笑顔をうかべながら、署長は私に云った。
「時に、今日あなたは相川という男と一緒に来られたそうですが」
「一緒にったって全く知らん男なんですよ。同じ車に乗ったら急に向こうから私に話しかけるんで、私も退屈凌ぎに相手をしていたわけです。しかし停車場ではとんだ目にあいましたよ。一緒に歩いてくれと云うので、一緒に歩いてやったんですがね。どうも一寸キ印じゃないんですか」
「いや、そうですか、全く御関係はないのですか」
「無論ですよ、何か彼と共犯関係でもあるという御疑いなら御免|蒙《こうむ》りたいものですな」
これは勿論、半分冗談のつもりだったが、共犯関係[#「共犯関係」に傍点]という、或る犯罪を前提にした言葉は彼の為に聊《いささ》か不用意だったとすぐ感じた。果たして署長はやはり半ば冗談らしくこういうのである。
「いや勿論そんな事は思いはしません。しかし、何か彼は大分いろんな事を、あなたに白状したそうですね」
この言葉は、私を疑っているのでない事は明かに判っているけれ共、法律家としてはこれに対してうっかりは乗って行かれない。
「ええ、何かへんな事を云っていましたよ。まあ出鱈目ですね。気狂いじゃないんですか」
私はこう答えると、つづいてこっちから質問した。
「一体どうしたっていうんです? あの男が? 何の嫌疑なんですか、無論斯様な事は立ち入ってうかがうべき事ではありませんが」
署長は、にこやかに答えた。
「別にあなたの事だから、かくす必要もないんですよ。それにとんだ御迷惑までかけたのですから、その点から云ってもお話しした方がいいでしょう。なにね、昨日あの男の妻が自宅で死体となって発見されたのです。一見自殺のように見えるのです。無論自殺としても理屈は立たぬ事はありません。最近子供を失ってひどく悲観していたそうですからね。ただ遺書がないのと、なおこれは一寸まだ申し上ぐべき時ではないのですが二、三、妙な点があるのです。でとりあえず他殺の嫌疑で今犯人を捜索中なのです。あの男もその嫌疑者の一人なのですよ。死体の発見されたのは昨日ですが、殺されたのは――もし他殺とすれば一昨夜ですね。解剖の結果、これはたしかです」
この署長の言葉は、私には全く意外だった。私は一寸ぼんやりとした形だった。しかし、つまらぬ事を云わないでよかったと思った。同時に私はある事をすぐ思い浮かべた。
「それならばあの男は無罪です。私は一昨夜の十時頃、東京市内
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