四谷区でたしかに見たのですから。彼のアリバイを立証する事が出来ます。私は、少くも法廷で証人になる覚悟はありますよ」
「ほほう、ほんとですか」
「無論、嘘は云いません」
「いや、見まちがいはないかと云うものです」
「たしかに、間違いはありません」
此の時、又司法主任が来て署長と私語を交した。終ると署長は不相変、微笑を浮かべたまま私に云った。
「相川は自分の子を殺した事実をすっかり自白したそうです。司法主任のきいた所によれば、まさしく真の自白らしいそうです。それから何だか大変あなたを恨んで居るそうですよ。あなたにもう一度会いたいといって居るそうですが、お会いになりますか」
署長の言葉には、私は無論会うまいという予期と無論会う必要はないから拒絶されたらよかろうという心遣いが表われて居た。
「危険さえなければ、ここで会いましょう」
「それは私の方で責任をもちます。では会いますね」
署長は私に一応念を押しておいて、改めて司法主任に合図をした。司法主任は一旦室を出て行ったがまもなく又現われた。後から相川が二人の刑事に守られて姿をあらわした。
彼は署長らの前で、私に車中でしゃべったあの恐ろしい犯罪の話をもう一度くり返した。その揚句、私に対してあらゆる罵詈をあびせたのである。これはやはり車中で私に云った言葉を、ただ下品にしたにすぎなかった。
署長も私も司法主任も、ただ苦笑してきいて居るより外はなかったのである。
彼の言葉がやっと終った時、私ははじめて司法主任に向かってたずねた。
「無論、何の嫌疑で彼をお呼びになったか、まだ本人におっしゃらないのでしょうね」
司法主任は、それを肯定するようにうなずいた。
「云うにも何も、未だ私等の方で何も云わぬうちに、この有様なのです。はじめから相川一人でしゃべりつづけて居るのですよ」
こう云ってから突然、彼は相川に向かって、語気を強めて訊ねた。
「おい、お前おとといの晩、どこに居た?」
此の質問は相川にとっては全く意外のものだった。彼は一寸その意味を解するのに苦しんで居るように見えた。
彼は黙ったまま、ぼんやりと司法主任を見つめて居た。
「お前のかみさんはおとといの夜、うちで殺されたんだよ。だから、おとといお前がどこに居たか、はっきり云えないとお前が危いんだぜ。おとといの朝、上り列車にのった事は判って居るのだ。どこに行っていたの
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