はこうやって完全に殺人を行いました。しかもこの世の中に、一人だって私を疑っているものはありません。私はあなたからおそわった通りに行いました。人を殺した! しかし罰せられぬ! です」
 相川俊夫と自称する男は、こう云ってにやにやと薄気味わるい笑いを洩らした。私は彼の話をきいて居るうちにその中に、或る真実さを認めた。しかし同時に余りに凡てが巧妙すぎることも感じた。もし彼がいう通りの犯人とすれば、実に容易ならぬ事件である。
 私は、今まで、彼が娘を殺したような殺人方法をどの小説でも書いた事はない。彼自身も又自ら、直接のヒントは流行性感冒から得たと称している。けれど彼のいう所に従えば、その遠因は私のつまらぬ小説にあるらしい。
 私は、彼の話の真実性と、正気の程度を試みる為に、強いて冷静を装ってこうきいて見た。
「成程、恐ろしい話だ。君の話は物凄い。君が自ら犯罪を語る以上、僕は疑う事はこの際避けよう。けれどただ一つ承りたい点がある。君は要するに、犯罪の目的に成功しているのではないか。妻との間の障害物はなくなったのではないか。しかも世界の誰一人だって、君を疑っていない事は君自身も云っている。果たして然らば、君は僕に感謝をしていい筈じゃないか。君の子はもう二ヶ月半も前に骨になっている。今更誰も疑うものはない。何故それならば君はさっきから、僕を批難するのだろう」
 彼はこの時、急に又凄い目付をした。そうして、苦しそうに頭の毛を自分でつかみながら、唸るような声をあげた。
 私は誰か怪しみはしないかと、驚いてあたりを見廻したが、誰も幸いに気がつく者はなかったようである。
「それだ! それなんだ。私があなたを恨むのは! あなたは犯罪の方法を教えた。殺人をはっきり教えた。しかし、良心を捨てる事を教えなかったじゃないか。……ああ、人殺しのあとの生活、私はたまらないんだ。苦しいんだ。良心をすてなけりゃ生きては行かれない。おまけに、あんなに完全にやったにも不拘《かかわらず》、私は毎日刑事に追いかけられているような気がしてるんだ。ひろ子の、あの小さなひろ子の手が土の中から出て、私をさしているような気がするんだ。どうしてこの気もちを捨てる方法をおしえないんです。え? あなたは、あなたの為にこんなに苦しんでいる人間を見殺しにするのですか?」
 相川はこういいながら、突然私の右手をつかんだ。
 生来余り
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