には何もなくなるはずです。いいかえれば、ひろ子が死ぬ事はわれわれを幸福にする事なのです。
こう思いついてから、私はひろ子が死ぬ事ばかりを願っていました。一つには理屈でなく、私にはひろ子は全く可愛くないのでした。だから、死んだら、死んだら、と思いつづけるようになってしまったのです。
私がひろ子を殺そうと思い付いたのは、偶然あなたの探偵小説を読んだ時なのです。さきにも申したように先生の小説には常に法律上の挙証の問題が取り扱われています。法律上罰せられないように、人を殺すには直接の証拠を残さなければいいという事です。法律にふれても、実際上罰せられぬように殺せという事です。私は先生の小説を凡て読みました。そうしてその中から一つの確実な何物かを掴んだのでした。
それは丁度この一月のはじめでした。私は寒い雪の間、ひろ子殺害の方法を研究したのでした。如何にしてひろ子を殺すか。あなたは私がどうやったと思われますか。
私に直接のヒントを与えたのは、あの頃、私の住んでいるA県下一体を襲った猛烈な悪性の流行性感冒だったのです。私のつとめていた小学校の生徒が、毎日一人位ずつの増加率を以て休みはじめたのでした。そうして当歳や二歳の児がたちまち肺炎になって死亡して行くという事が、私の近所でもはじまったのです。私はこれをきいた時、全く時《とき》来《きた》れりと感じました。
一月の或る寒い日でした。外には吹雪が荒れて、下には四寸位の雪が積っています。機会を狙っていた私はその日朝から珍しくひろ子をだいたりあやしたりやって居ました。暗くなってからひろ子がすやすやとねついたので、敏子は、私にるすを頼んで風呂に出かけました。この時です。この間です。失ってならないのはこのひまです。私は妻が傘をさしかけて出て行くのをたしかめてから、そっと裏口を開けました。
外は今も申すような物凄い吹雪です。私はねているひろ子を出来るだけ着物をはいで、裸体にして抱きました。濡れぬように軒のへりに沿って歩きながら、この寒い中に立ちつくしました。ここは一面の畑で誰も通るおそれはなかったのです。こうやって、二歳になる赤児が、一時でも早くこの烈しい寒気の呪いを受けるようにと祈ったのでした。
私は全く悪魔でした。ひろ子は殆ど素裸体にして抱きながら自分は戦慄しつつもまるで寒さを忘れていました。烈しい伊吹|颪《おろし》に我が子
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