いえ」
 さだ子はこういつたが、この質問はすこし意外だつたらしい。

      7

 彼女は暫く何か考えているようだつたが、やがてはつきりといつた。
「あの……母が呑もうと申し出したのではございませんの。私がはじめすすめましたのです。余り頭痛がするというので私が数日前にのみました頓服薬を、のんで見たらと申したのでございました。母は、平生漢方の薬ばかりのんで西洋薬を好みませんでしたが、私が余りよくきいたのでまあ無理にすすめたのでございます。でも勿論こんなことになろうとはまるで想像もいたしませんでした。今から思いますと、私の好意が母を殺したようになりまして……」
 彼女はここまで語つて来て、母の死を嘆くのか、我が身の好意が仇となつたのを悔いるのか、俄にあふれ出る涙を歯をくいしばつてこらえているようだつた。私はこの時、検事という職業は随分罪な、職業だと感ぜざるを得なかつた。
「でも私、なんにも存じませんの! 何も存じませんの! 私が母を殺すなんて、そんなこと露ほどだつて考えたことはありません」
 突然さだ子はヒステリカルに叫ぶように検事に云つた。
「そりや勿論です。あなたがお母様をどうす
前へ 次へ
全566ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング