した。こりや賊がはいつたなと感じましたから、護身用のピストルをとつていきなりドアを中からあけて、
『オイ、どうしたんだ?』
 とさだ子にたずねました。
 するとさだ子は、隣室を指でさしながら、
『ほら、お母さまの室であんなうなり声が……あれ……お父様!』
 と叫んで私に取りすがるのです。私ははじめて落ち着いて妻の室の前でじつと耳をすませますと、成程、なんとも云えない異様な苦しそうな声が聞えます。私はあわてて戸を破れるようにたたきながら、
『徳子! 徳子! どうしたんだ? どうしたんだ』
 と叫びました」
「秋川さん、あなたの室から奥さんの所に行くドアにも鍵がかかつていたのですか?」
 検事はさすがに、此のデリケートな問題を極平気でたずねた。
「はあ……ちよつと妙にきこえるかも知れませんけれど……妻はやはり大変神経質なので、この頃の物騒さを知つているものですから、ねるとき、必ずそこへも鍵をかけていたのです」
「すると、夫たるあなたの室からも賊がはいるかも知れぬというわけだつたのですね。これは少々用心がよすぎるようだ」
 検事はにやりとしながらこう云うと、チラリと書記の方を見たが同時に、藤
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