うかは証拠の問題ではない。成程、僕の云つた『断じてノンセンスではない』ということには証拠はない。けれど林田の云う『ノンセンスだ』という言葉にも何も証拠はない筈だよ。何故つて君、林田自身に自分の真の父親が判るわけがないじやないか」
 藤枝はこの時妙にしんみりした口調になつて語りつづけた。
「父子、肉親! 世にこれほど大切な神秘的な重大なものでいて一方これほどたよりないものはない。君はストリンドベルクの『父』という戯曲を知つているだろう。あの父は『父親[#「父親」に傍点]には自分の子はほんとうは判らない、父親には子はないんだ』と叫んでいる。しかし子の立場から云えば、もつと情ないものじやないかな。子にはほんとうは母親すら判らないのじやないか。況んや父をやだ。君だつて、僕だつて林田だつて――否世界中の人間は、ただ父だ、母だ、と自ら名乗つてくれる人々を父と信じ母と思つている。または周囲の人々が『あれがお前の母だ、あれがお前の父だ』と云つているのを信じているばかりじやないか。『人の子には父母あり。然れどもその父母を知るよしもなし』と云いたいね。もし天一坊という人間が徳川時代にかりに存在していたとし
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