である彼にも出来なかつたらしい。
いや、それほど、この時のひろ子の有様はいたましかつたのである。
「これは、つい余りの事に度を失つてしまつて、昨日のお礼も申し上げませんでした。それにあの小川さん、昨日はまたわざわざお送り下さいまして、私はおかげ様で無事に帰りましたけれど……母が……母がとんだ事になりまして……」
彼女はこう云つて、またもハンケチを目にあてたのである。
「お礼どころじやありません。……私改めておくやみを申し上げます」
私はやつとこれだけを云つたけれども、なんと云つてひろ子を慰めてやつていいか全く途方にくれてしまつた。
「もし何かこれが犯罪ならば、きつとこの藤枝が仇を討つて見せます。そうです。きつとです」
彼が、きつとなつてこう云うとひろ子は顔を上げてたのもしそうに彼を見た。
こういう場面によく出会《でくわ》すらしい藤枝も、ひろ子を慰めるのにはちよつと困つたとみえ、しばらく、ばつのわるいような沈黙がつづいた。
しかしこの沈黙は折よく次の瞬間にうまく破られた。
ドアをノックする音がきこえると同時に、入口から司法主任がはいつて来たのである。「や、藤枝さん、小川さん
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