何のために一見自分に不利に見えるスリッパのことをひろ子に敢て告げたか、この三つが判らない」
と検事がきく。
「成程。君の質問の第一と第二とは共に同じテーマの上に行われたんだ。つまりありや、林田が、われわれに時間的の錯覚をおこさせようとしたのさ。もつと進んで云えば、かくの如き短時間の中に家の中にいる者があんな犯罪は行えるものではない[#「かくの如き短時間の中に家の中にいる者があんな犯罪は行えるものではない」に傍点]。という結論に達せしめようとしたんだ。僕小川君があの部屋にとび込んだ時に、レコードははじまつてから少くも一分二十秒廻転したことが実験によつて判つた。しかるに林田のトリックに従うと、あれが僅か、二十四秒しかかかつていないことになつている。(殺人交響楽第十一回参照)自惚れだけれども、林田は自分の敵の中に、この藤枝真太郎を計算していたに相違ない。しかして彼は藤枝真太郎は必ずレコードを注意してその時までの時間を計算するということを察していたに違いない。そこで林田のトリックに引つかかると、少くも僕らは、一分間という時間を誤算するわけになるのだつた。
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