が再び戻つて来た時は、私はひろ子嬢とただ黙つて顔を見合わしていた。
「畜生! ふざけたまねをしやがる」
 藤枝は、一人こう云いながら、椅子に腰かけたが、令嬢の前でとんだ乱暴な言葉を出してしまつたのを悔いた調子で云つた。
「いや、これは失礼しました。誰かのいたずらですよ。しかし、あなた宛の手紙です。一応ごらんになつては如何ですか。そしてもしお差し支えなかつたら、後で私に見せて頂きましようか」
 しかし、ひろ子嬢の顔色はまつたく青かつた。
「あの……私何だか恐ろしくつて……どうか開けて見て下さいませんか」
 藤枝は、こう云われると少しも遠慮なく、その手紙を手にとつた。
「これは今までお宅へ来たのと同じ封筒ですか」
 彼は、強いて平気を装うて、ひろ子嬢をおちつかせようとしているらしかつた。ペーパーナイフを側の机の上からとると、器用に、封をすつすつと切りながらつけ足した。
「御心配になる事はありませんよ。こんないたずらをする奴に限つて、決して恐ろしいまねなんかしやしないのですからね」
 ひろ子嬢は、しかしもう何も云わなかつた。否、云えないのだ。私もどんな手紙が出て来るかと、固唾をのんで待つてい
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