者と大阪市外に半年程同棲するようになりました」
「その姓名は?」と警部がちよつと口を入れた。
「岡田かつ子と申しました。当時は未だいくらか金もありましたので、二人でのんきにくらしておりましたが、半年程一緒におりまして事情があつて別れました。これが二十一才の時であります。それから後懇意になつたのが、今度事件になりました佐田やす子という女で、これは道頓堀のシュワルツエ・カッツエというバーの女給でした。
昨年の一月頃に私はそこへ行つて懇意になりました。当時やす子ははるみ[#「はるみ」に傍点]という名で出ていました。その頃はもう余り金もなく、公然と一緒になるのもうるさかつたので、忘れもしませぬ、昨年の一月廿八日、二人で大阪を逃げ出しまして、名古屋におちついたのでした。名古屋には、やす子も元いたことがあるという事だつたので、都合がいいと思つたのです。
昨年の七月までは、無事に二人で何とかして暮していたのですが、いよいよ生活が苦しくなつたので八月からやす子をまた名古屋のあるバーに出して働かさなくてはならない状態になつてしまいました。
私は、式こそあげないでも、まあ私の妻であるやす子を、バーに
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