ん切迫した事なんだろうよ。しかし若い女の人たちはちよつとした事ですぐあわてるもんだから、話を詳しく聞かないうちは一緒に騒ぐわけにはいかぬよ。このあいだもひどく狼狽して女の人が飛び込んで来て、夫が行方不明になつたというのだ。だんだん調べて見ると、その夫というのが、ある待合でいつづけをしていたというわけさ。あははは」
「しかし、この手紙には自分の名がちやんと出ているね」
「うむ、これがちよつと面白い所だ。これが本名だとすればだね、君は気がついているかどうか知らないが、秋川という姓は、有りそうでいて殆どない姓だぜ。秋川といつて思い出す人があるかい」
 私はそう云われて、自分で暫く考えて見た。
 大阪で貿易商をやつていたころ、いろんな事業家を知つていたが東京の実業家で、そんな姓の人がいたのを思い出したのであつた。
「何とか会社の社長で、秋川という人がいたように思うが……」
「そうだよ、君は割に物をはつきりおぼえているね」
 藤枝は、妙な目つきで私をちよつと見た。
「この手紙がついてからすぐ、僕は紳士録だの興信録をあけて見たんだ。秋川駿三という実業家がある。秋川製紙会社の社長だ、無論外の会社にも
前へ 次へ
全566ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング