川、この婦人はどうせ会いに来て、事情を語るつもりだろうから、自分の身の上を少しもかくす必要がないわけだ。だからいそいで平生つかつているレターペーパーを用いたと思つていい。見給え、このレターペーパーは相当贅沢なものだぜ。僕らがちよいちよい買うレターペーパーとは違つて、封筒と用紙とがちやんとそろつて、一箱いくらという奴さ。おまけにそれもかなり高い物だぜ。こんなものをいつも使つているとすりや、一応の金持の娘かなんかだよ。それから手紙の文章がちよつと気に入つた。要領を得ている。ただこの手紙は女の文章としては珍しいといいたいな……さて、そろそろ時間が来そうだから、引き上げるとしようか」
 彼はこういうと、机の上においてあった伝票をつかんで立ち上りかけた。
 私もつづいて立ち上ったが、まだ会つたことのない依頼人のことが、なんだか急に気になり出して来たのである。

      6

「ねえ君、若い女の人が自分の名をはつきり書いて、会つたこともない君にこんな手紙をよこすところをみると、余程さしせまつた事件がおこつているんだろうね」
 私は舗道を歩きながら話しかけた。
「うん、まあ本人から見れば、ずいぶ
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