べも余り進んだようすはなかつた。警察でも確たる証拠を握らぬと見え、誰も拘引されたものもなく、表面何事もなく十九日はくれた。この日は、徳子の死を伝え聞いて親戚等が大分集つて来ていたので、さすがの藤枝も林田も充分な取調べはやりにくかつたらしい。
翌二十日の午後、質素な葬儀がいとなまれた。
報道機関はさすがに敏活で十八日の夕刊には既に「秋川家の怪事件」とか「秋川夫人の怪死事件」とかいう標題がかかげられたが、諸新聞は一斉に不思議にも翌十九日の夕刊に「秋川徳子の死は過失死」という事を書きたてた。
これは秋川家の主人が全力をつくして新聞社に手を廻したのかあるいは警察で、犯人捜査の為わざとかやうな報道をさせたのか、または秋川一家と当局者とが巧に新聞社の人々を斯く信ぜしめたのか、私にはよく判らないけれども、ともかく、秋川夫人は十七日の夜頭痛の薬をのむつもりで誤つて駿三の催眠剤を多量に服用し、その結果、不慮の死を招いたものと一般に報ぜられたのである。
だから世人は、藤枝、林田両探偵がせつかく登場したけれども、実は過失死事件であつたかと、いささか力ぬけの気味があつたようだ。
もしこのまま秋川家に
前へ
次へ
全566ページ中139ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング