の家の秘密を観破しようとしはじめたんだ。彼女の頭がどの程度に実際的であるかは、かつて僕が旅行に立つ前に君に説明したはずだ。彼女はけなげにも一つのテオリーを思いついていた。それは、脅迫状は妹さだ子によつて父に送られたものである、と。それ以来、彼女は僕の所に来るまで全然さだ子を疑い怪しんでいたんだ。
11[#「11」は縦中横]
「彼女は、そこでおよそ女の犯罪人というものについて種々の研究をはじめた。グリーン・マーダー・ケースは探偵小説ではあるが、それがいかにも自分の家とコンディションが似ている。彼女は、だから夢中になつてあの小説に読み耽り、可憐な少女の犯す殺人方法を研究していたんだよ。しかして、一度僕に釣り出されてヴァン・ダインの話をもち出すや、賢明なひろ子は逆に犯罪小説、探偵小説を自分が読んでいるという話から、妹が怪しいということを僕に暗示したのだ。君は、コンスタンス・ケントの話や、外面如菩薩内心如夜叉という言葉が彼女の口から出たのをおぼえているだろうね。更に、第三回の事件の直前、君と花壇の所で話していたことに至つては暗示でなくて明示だといつてもいい。
「第一の事件の直前、すなわち四月十七日の夜彼女はヴァン・ダインを読んでいた。何故だろう。彼女はあの日の午後、オフィスで脅迫状とそれからあの妙な電話で脅かされている。あの電話には君が出たが彼女はかたわらにいてきつと怪しんだに相違ない。そこで彼女は、一体彼女があの午後あそこにいたことを、何人が如何なる方法で知つたか、を考えていたのだ。すなわち彼女は、一番自己の境遇に似たグリーン殺人事件の中からその解決を見出そうとしていたのさ」
「うん、それでひろ子の気もちは判つた。他の人は?」
「さだ子は極めて内気な女だ。これは君も見てよく知つているだろう。けれど内気な女だがどうして心の中は中々剛情な女だよ。彼女は、姉が自分を疑つていることを充分知つている。しかも自分は自分で姉を疑つていたのだ。自分の過去についても必ずや何か秘密のあることは察していたに相違ない。彼女はしかし殺人事件に関しては屡々恋人の伊達を疑つていたこと、君にすでに話した通りだ。さて、そろそろ出かけるかね」
藤枝は、ボーイを招いて勘定をするとすぐ私を促して外に出た。
天気がいいので銀座の舗道[#「舗道」は底本では「鋪道」]は銀ブラの人達で一杯である。われわれは、いつの間にか、この物語の冒頭に記したある喫茶店の前に来てしまつた。
「ちよつとお茶をのもうか」
私はまだききたい所もあつたし、それにたつた今さんざん紅茶をのんで来ていても、藤枝がこうした場合必ずつき合う男である事を知つているので彼をさそつて見た。果して彼はすぐに私の申し出に応じた。
四月十七日に腰かけたと同じボックスがあいていたのでわれわれはまた差し向いになつた。
「いや、君の説明でやつとこんどの事件がわかつたよ。まだしかし一つ判らんことがある」
「何だい」
「第一回の事件直後の家族の申し立てさ。例の夫婦の寝室の鍵ね、妻の室の方からしめてあつたというがありや本当かね」
「ふん、判らないね。しかし徳子がかけておいたと思つてもよくはないかな。駿三は自分の死は仕方がない、と思つていたかも知れない。しかし家族を防ぎたかつたのだよ。だから万一、自分の室に敵がとび込んで来てもすぐに妻の室に行かれぬように徳子に注意しておいたとも考えられる。あるいはあの夜、大いに激論して妻が憤慨の意をあそこにもらしたのかも知れない。夫をシャットアウトしたんだな。しかしこの戸の事は、今となつてはさだ子の生母のことと同様、判らないね。また知る必要もないじやないか」
藤枝はエーアシップを吸いながらまた紅茶をガブガブとのんだ。
12[#「12」は縦中横]
「徳子の部屋の電気の事は?」
「うん、ありやスタンドも天井の燈も両方共ついていたと考えるべきだね。徳子は一旦床の中で薬をのんだ。そうしておもむろに電気を消そうと思つたんだろう。ところが薬のきき方が早くてどつちも消すひまがなかつたんだよ」
「それからまた一つ思い出した。里村千代だがね。あれまで伊達の捕まつたことが新聞に出なかつたのはきみも云つたように全く偶然だつたんだ。ところでもしだ、もつと早く伊達のことが出れば必ず里村ももつと早く登場したはずなんだ。それでも林田はかまわなかつたのだろうか」
「それについては僕はかつてはつきり云つたことがある筈だ。林田の方は、いつ里村が出て来てもいい用意をしていたんだよ。里村が出て来れば伊達にとつては不利だし、それに里村千代の供述なるものはちよつと当局には信用されないからね。名も知れない男から度々電話で指令が来るなんていうのはまず出たらめとしかきこえんからな。そこで君はいつこう疑問をおこして
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