た。
午後五時前であるが、先にも述べた通り、この日はひどく陰気な暗い日だつたので、室内はもうお互いにはつきり顔が見えない程のくらさである。
「案外、うまく目的に達した。いや目的以上のものに達しそうだ」
藤枝が、かたわらの電気スタンドのスイッチをひねつてあかりをつけながら私に云つた。
「あの程度ですめば、私もまあ安心です」
木沢氏もほつとして藤枝に云つたのである。
「しかし、忘れよう忘れようとしている過去の秘密に関する書類をとつておくとは……ちよつと変つてるな。それを見ればまあ万事解決するんだろうが……もう一つきき訊したいのはこの秘密を知つてるものが、本人と僕の外に誰かいるかどうかということだ[#「本人と僕の外に誰かいるかどうかということだ」に傍点]。無論脅迫状の送り手以外にだね」
藤枝がこう云つたが、ふと不安そうに、われわれ二人を見た。木沢氏も何となく心もとなさそうに見える。
実を云うと私は、駿三がこの室を出るとおそらく向い側の書斎(第一回の悲劇の直後、検事が家族を調べた室)にでも行つたのだろうと考えていた。出来るだけひそかに、ぬすむような足音をたてて彼が去つたので、一体どこへ行つてしまつたのか、はつきり判らない。
「君、御主人がここを出てからちよつと五分になるが、一体どこへ行つたのかしら」
藤枝が腕時計に目をやりながら私に云つた。
「うん、少し永いようだが」
「私行つて見ましようかしら。……しかし、あとからつけて行くのもおかしい、御主人も好まれぬようでしたが」
木沢氏も不安な顔つきで二人を見た。
「あと三分待ちましよう。何分御主人がわれわれをここにしめこんでしまつてるのですから」
藤枝は二人にそう云つたが、何を思い出したか小さい声で木沢氏に、
「伊達君はまだ病気ですね」
と訊ねると木沢氏はこの不意の問におどろいたらしいが、すぐ答えた。
「ええ、床についています」
「今日私達以外にここにお客がありますか」
「いやありません。林田さんが私が来るといれちがいに帰られました。あとここの家には家族だけです」
9
「伊達は病気、林田は帰つた。あとはひろ子さんとさだ子さんだけですね。ふん……」
藤枝はじつと考えては時計を見ている。
とうとう私が堪りかねて云つた。
「もうさつきから約七分たつちまつてるぜ。おかしいじやないか」
「うん、どうも変だ。木沢さん、出ましよう」
藤枝が第一にドアをあけた。三人は一度に廊下に出た。
出るとすぐ向いの書斎のドアを藤枝が叩いたが返事がない。なんと思つたか藤枝はいきなり把手に手をかけてグイと押してあけて見たが誰もおらぬと見えてすぐしめてしまつた。
「ここじやないな」
藤枝はちよつと途方にくれた様子をした。
木沢氏がこの時、廊下を歩いて行つて左側のひろ子のへやの戸を叩いた。
「ひろ子さん、ちよつと失礼します。あのお父様を御存じありませんか」
中からひろ子が美しい姿を現したが私は、彼女がかなりいたましくやつれているのを見ると、思わずかけよつた。
「あなたにはいろいろ申し上げることがあります。しかし今うけたまわりたいのは、もしやこの廊下でお父様におあいになりはしなかつたかということです」
ひろ子は何のことやら判らないのでひどく驚いたらしいが、
「いえ、今木沢先生がいらつしやるまでずつとこの部屋におりましたので……」
ちようどこの時、さだ子の部屋の戸があいて、さだ子が顔を出した。外の物音で、おどろいたものであろう。
二人の令嬢達とわれわれ三人はちよつとの間、廊下で話したが誰も駿三のようすを知らない。
藤枝は階段をかけおりて、
「秋川さん、秋川さん」
とどなつている。
われわれがあとからついて降りると、笹田執事が驚いて部屋からとび出して来た。
「君、御主人がおりて来られなかつたかね」
藤枝がせわしく問う。
「いや、私はただ今先生が主人をよんでいらつしやるので出てまいりましたので」
藤枝の顔色にこの時、云いようのない妙な表情が浮んだが、
「さ、みんなで、いそいで探すんだ。僕はこの応接間を見るから」
藤枝と私とはいそいで戸をあけたけれども中には誰もいない。
戸をしめて再び外に出た時、さだ子がピヤノの部屋の戸をあけるのが見えたが、次の瞬間に、
「あれえ」
という悲鳴がきこえると同時に彼女は戸口に仆れてしまつた。
そばにいた木沢氏がとんで行つて抱きおこしている。
と見るより、藤枝は脱兎の如くひろ子と私をつきのけてピヤノの部屋にとび込んだ。
つづいて私も飛鳥のようにピヤノの部屋におどりこんだが、この時ここで遭遇した有様ほど、物凄い光景に私は今まで出会つたことはなかつた。
戸をあけた瞬間、私の目を射たのは仰向けに仆れている駿三の身体であつた。
彼の両足
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