家から戻つたところです。今日、初江さんの埋葬があつたものだからね」
「そうでしたか、僕も行けばよかつた」
「藤枝君は留守のようですが、どこに行つたんです?」
「藤枝の旅行を知つてるんですか」
「昨日用があつて電話をかけたら留守だつて云うことだつたんでね」
「どこへ行つたか、あいかわらず例の調子でぶらりと出て行つちやつたんですが」
 私は、藤枝に、特に自分の行動を秘密にしてくれとは云われていなかつたけれど、これより詳しいことを云う必要はないと思つたからこう答えた。
「ねえ林田さん、今日来たのは実はあなたに感謝する為なのですよ」
「とおつしやるのは?」
「あの夕刊に出ていた記事です。あなたはひろ子を犯人ときめるのは早計だと云われた筈です。たしかに……」
「ああ、あれですか」
 林田はしばらく私をじつと見ていたが、やがて、
「ありやね、あんまり記者にうるさくつけまわされて仕方がないのでつい口をすべらしてしまつたんですがね。僕も藤枝君のように、どつかに逃げればよかつた」
「藤枝も記者をまくつもりで旅に出たんでしよう。僕にも行先を告げずに行つてしまいましたから……ねえ林田さん、あなたはひろ子の為に弁じて見て下さる、それがうれしいのです」
「じや何ですか。小川さんはひろ子さんがすきなんですね」
 私は嬉しさの余り、感謝をはつきり云いすぎて年がいもなく赫くなつた。
「すきというのは別として、僕にはあの人が犯人だとは信じられんのです。ところが、藤枝の考えはどうも近頃そうでないらしいですが」
「藤枝君が?……すると氏の説ではひろ子が怪しいという……?」
 何故か林田は非常に驚いた様子をしたが、急に笑い出して、
「小川さん、うそを云つちやいけませんよ」

      3

「嘘? いや断じて……藤枝は真面目で云つたのです」
「じや小川さん、あなたが藤枝君に欺されているんですよ」
 それ見ろ、林田だつて藤枝がまじめでひろ子を疑つているということを信じはしない。実際藤枝の最近の言動はノンセンスだ。
「彼は私には高橋警部のシーオリーに欠点があるなんて云つてるんですぜ。それでいていざとなると本人には反駁もせず、いやかえつて賛成したつていうんです」
 私はそれからくどくどと藤枝の態度を難じはじめた。
 林田は、眉をひそめてむずかしい顔をしてきいていたが、ややしばらくたつてから、
「そりや妙ですね。しかし藤枝君のことだ。例によつて何か深い考えがあるのでしよう……それにしても僕は、ひろ子さんの弁護をしておいてよかつた。そうでないとあなたにひどく恨まれる所でしたね」
 と云つて朗かに笑つた。
 私が林田のところを辞して帰ると、藤枝から電報が来ている。発信局はどこだかはつきり判らない。
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 ヒロコノコトカナラズ ホツテオケ ダテノヨウスニチュウイセヨ
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 ひろ子の事はほつておけ! ははあ、彼はひろ子が拘留でもされてると思つているのかな。
 伊達の様子に注意せよとあるが、さすがの名探偵も彼が病床に呻吟しているとは御承知ないものと見える。
 翌二十九日は無事にくれた。私はひろ子のいない秋川家に行く気もないので、自分の社に出て用事をした。ただ藤枝からの電報によつて伊達の様子を木沢氏に電話でたずねたが依然として床についているらしい。
 四月三十日、この日も前日同様に平凡に終つた。ひろ子はこの日も警察によばれているが、無論高橋警部は、はじめの日から一歩も進歩していなかつたらしい。
 諸新聞はしきりと彼女のことを書き立てているけれども、彼女が自白したなんていうことはどれにも出ていなかつた。
 こうしてとうとう運命の日、五月一日はやつて来たのである。
 朝起きた時、今日は五月一日だなと思つたけれども、私は実は例の妙な予告のことはすつかり忘れていた。
 一体、藤枝はいつ帰つて来るのか、それも全く判らないので、私は前日と同様に雑誌社に出ることにした。もつとも例の藤枝の電報のことは決して忘れずにいたので、ひる頃木沢氏へ電話をかけて、伊達の様子をきくとまだよくないということだつた。
 メーデーなので方々でいろんな行列が行進する。社内でもそれを見物に出たものなど大分あつたらしい。
 午後三時半頃林田から電話がかかつた。
「小川さん、あなた大変御心配のようだつたからおしらせしますがね、ひろ子さんの取調べは今日ですんだようですよ」
「え? 今日で? それで結果は」
「勿論許されて帰つたようです。私もさつき警察へ行つて来ました。ともかくおしらせしておきます」
「どうもありがとう」
 私は電話をきると、そのまま社をとび出した。すぐにも行つて祝いをのべてやろう。しかし一旦帰つて着物でもかえて行かねば、と、私はタクシーをつかまえるとすぐうちに引かえした。
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