たり誰かにあつてしまいました。それはさだ子でございました。
『さださん、どうしたの? 今頃』
とききましたが、妹は青い顔をしたまま何も答えないのです。私は思い切つて、
『さださん、あんた、お父様のことで何か心配していらつしやるのではない?』
ときいて見ました。
そうすると、妹は黙つてうなずくのです。
『じや、あんたも、あの手紙に気がついているの?』
とはつきりきいて見ますと、妹は小さな声で申しました。
『お姉様、どうしてあの手紙の事、知つてらつしやるの?』
『だつて私、前からお父様の所にくる手紙に気をつけてるんですもの』
『え? お父様のところにも来たの?』
妹は驚いて思わず大きな声を出してしまいました。驚いたのは妹ばかりではございませぬ。私もおどろきました。
『さださん、あなた、誰の所にきた手紙の事を云つてるのよ』
私は思わず暗い廊下で、妹の手をかたく握りしめておりました。
『お姉様、私さつきへんな手紙を貰つたんですの。誰から来たのだか判りませんけれど……』
『じや、封じ目に三角形の印が押してあるのじやない?』
私はさえぎるようにそう云つてしまいました。妹はこわそうに声をひそめて申しました。
『そうよ、私いまはつきりおぼえていないけれど、こんな意味の事が書いてあつたの。
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お前の父は今大変に危険な位置にいる。お前の一家も早晩大変な不幸にあうだろう。この手紙を早く父に見せてわけをきいてみよ』
[#ここで字下げ終わり]
『さださん、あなたその手紙をどうして?』
『私、その手紙のいうとおりにしたのよ。すぐお父様のところにもつて行つたの。そうしたら、お父様は、それをひつたくるように取つて読むと、自分のふところに入れたまま、お前、この事を決して誰にも云つちやいかん。決して心配する事はないからつて、こわい顔をなさつたのよ』
4
さだ子はその手紙を父に渡して戻つて来たが、父のようすがどうも心配なので、私同様おきて来た、とこう申すのです。その夜は、しかし別に何事もおこりませんでした」
美しい依頼人はここまで語つて、ちよつと一息ついた。
「よく判りました。ちよつとおたずねしますが、妹さんの所に来た手紙はやはり郵便で送つてこられたのでしようね」
「そう申しておりました」
「その妹さんの所に来た手紙はペンで書いてあつたでしようか」
「いいえ、邦文のタイプライターで打つてあつた、そうでございます。表もすつかりタイプライターだと申しております。父の所にまいりましたのもたしかにタイプライターで打つてございました」
「判りました。これで、お父様が、会社を退かれる前のようすが、はつきりしました。つまりお父様は、なに者かの為にいつも脅迫されている。それでいつも心配していらしつた。そのうえ、妹さんの所にまでそれが来た、という事を知つて、ますます煩悶なさつた。その結果、神経衰弱がいよいよひどくなつて行つた、とこう云うわけですな。ところで、妹さんの所に手紙が来た事については、お母様にもお話なさつたでしようね」
「私は何も申しませんでしたが」
「では、さだ子さん御自身は、如何ですか」
このとき、ひろ子嬢の顔にちらと妙な表情が浮んだが、それは直ぐ消えて彼女ははつきりこう云つた。
「いいえ、さだ子もきつと黙つていたことと存じます」
「そうですか。いやありがとうございました。ではつづいてお話し下さい」
藤枝は新しいシガレットに火を点じてうながした。
「つまり斯様な状態で、父はだんだん妙な人間になつて行つたのでございます。十一月のなかばごろにまたまた一通の怪しい手紙がまいりました。私はそのとき、それをそのまま自分で開いて見ようか、と余程考えたのでございますが、それもなし得ず、黙つて父の机の上においておきましたが、その翌々日父は、健康がつづかぬと云うわけで、いつさいの職務から関係を断つてしまいました。これが昨年暮の十一月までの父のようすでございます」
「ちよつと、お父様は警察へは一度もその話をなさつたようすはないのですか」
「はい、決して! 私もそれがどうも気になつておりまして、自分で警察のほうにでもお話しようかと存じましたのですが、父自身がああして秘密にしている以上、何かわけがある事と考えましたから、私は今日まで誰にも何も申さずにおいたのでございました。ところが……」
ひろ子嬢がここまで語つてきたとき、不意にドアをノックする者があつて、藤枝の声に応じて、給仕が一通の手紙をもつてはいつて来た。
ちようど私が一ばんその入口に近いところにいたので、手をのばしてその手紙を受け取りながら表を見ると、
藤枝真太郎氏事務所気付
秋川ひろ子殿
とタイプライターで書いてある。
私は何気なくそれを秋川ひろ子の手に渡そう
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