「ああそれでございますか。それは少しもおかくし申す事はございませんわ。林田先生にも警察の方にももう申し上げた事でございますもの。例の母親が云い出した婚約取消についての伊達さんの決心なのでございます。これは、姉を疑つてまことに申し訳ないことでございますが、母が死んだ後、母と同じ意見をもつているのはどうも姉らしゆうございますもの。それに就て伊達さんと私と話しておりましたのですが、一旦出て行つてあの人がもどりました時、『どうしても取消に応じてはいかぬ、自分達は決して財産なんかあてにしているのではないから、あなたからもきかされたら充分姉様に云つて下さい』という事だつたのでございます。無論私だつて同じ気もちでおります。金なんかあてにしてはおりません。あの方と一所になれれば……」
「ああよく判りました。それじや伊達君が念を押しに戻つて来たつて少しも不しぎはないわけだ」
 彼はこう云つてシガレットケースを取り出したが、中には生憎一本も煙草がなかつた。
 私はいそいで自分のケースを出したけれども運の悪い時[#「運の悪い時」に傍点]は仕方がないもので、私のケースにも一本のエーアシップもなかつた。
 藤枝は、やむをえずふとテーブルを見たが、そこに来客接待用の金口のエジプト煙草がおいてあつたので、無造作にそのシガレットをつかみ出すと、ライターを出してすぐ火を点じた。
 私は敢えて運が悪い[#「運が悪い」に傍点]という。もしこの時彼かあるいは、私のケースの中に、五、六本のエーアシップか、ヴァージニヤ葉のシガレットがはいつていたとすれば、此の物語は別の方向に進行したかも知れないからである。

      6

 と云つたからと云つて、よく探偵小説にあるように、此の煙草の中に毒薬がしかけてあつて、我が藤枝探偵が急にそこにぶつたおれたというようなわけなのではない。
 彼は平素エジプト煙草は嫌いで少しもすわないのだが、この時は「無きにまさる」と思つたのか、M・C・Cの紫煙をさかんに吹きはじめたのだつた。
 彼は更に何かさだ子にききたそうだつたがこの時、ドアが開いてひろ子がまた戻つて来た。
「ほんとに困つちまうんでございますよ。とうとう清や[#「清や」に傍点]の叔父というのが来て清や[#「清や」に傍点]をつれて行つてしまいましたの」
「あら!」
 驚いてさだ子が口を出した。
「さだ[#「さだ」に傍点]さん、私も腹が立つたから、さつさとお帰りと云つて帰してやつたわ。だつて、叔父つていう人が『こんなお化け屋敷みたいな家においておくと、今夜にも清や[#「清や」に傍点]が殺されてしまうかも知れない』なんていうんですもの。私腹が立つたから帰してやつたわ。これで女中が二人になつてしまつたのね」
「でも、清や[#「清や」に傍点]が帰つてしまうと久や[#「久や」に傍点]もしまや[#「しまや」に傍点]も帰るつていうかも知れませんわね」
「じや、私が清や[#「清や」に傍点]を帰したのが悪いつていうの。さださん、そんならあなたが談判してとめればよかつたじやないの」
「お姉様、私そういうつもりで申し上げたわけでは……」
「まあいいじやないですか」
 藤枝が、姉妹――心の中では明らかに反目し合つている二人の間に口をはさんだ。
「帰ろうつていう女中をいくらとめたつて仕方がありませんよ。ひろ子さんが帰したのは決して非難さるべきじやありません。しかしさだ子さんは決してひろ子さんを非難したんじやないんです。……それより、いつたいお父様は、どうなさつておいでですか。まだ眠つておられるんですか」
「そうそう、あの木沢先生が今来ておいでになるのですが何でしたら、私の部屋に来てお話になりません? 今二階においでになるのですの」
 女性の争いは執拗なものだ。ひろ子は、余程さだ子の言葉が気にさわつたと見え、藤枝と私を自分の部屋によんで、さだ子を除外しようというつもりと見える。
 藤枝はそれに気がついたかどうか、判らぬが、すぐ快く承諾した。
「じや、お部屋にまいりましよう。ところで、甚だ失礼ですがあなたのお部屋には煙草がありますまいから、此のM・C・Cを十本ばかり頂戴して行きます」
「あのミス・ブランシュというのでよければ私の所にもございますわ。でもこれを私がもつてまいりましよう」
 彼女はこう云うとM・C・Cの罐をとつてさつさと応接間の戸を開きながら、藤枝と私とを促した。
 藤枝はえんりよなく戸の方に行つたが、しかしさだ子に適当な言葉をかけるのを忘れなかつた。
「では、木沢さんに会つて来ます。さだ子さん、御心配になるには及びませんよ。大丈夫です、安心して待つていらつしやい。伊達君はきつと帰されて来ますよ」
 応接間を出て例の階段を登り廊下に出ると、左側が十八日に検事が家人を訊問した主人の書斎でそれを左に
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