ず間違いなしだね。自殺ではないらしい。自殺とすれば徳子がどうして昇汞を手に入れたかを先ず考えなければならん。又、同時に、それなら西郷薬局から届けた筈のアンチピリンがどこかに残つているか、あるいは両方とも徳子の胃にはいつたとしても、アンチピリンを包んだ紙が残つていなければならない。今まで調べた所では、徳子は薬局から来た薬を何も知らずにのんだとしなけりやならん。しかし、薬局ではたしかに解熱剤を作り、これが間違いなくこの家に来たとすると、それが徳子の口にはいるまでにいつのまにか昇汞に変じたことになる」
 検事はこう云つて朝日の煙をふきながら藤枝の方を見てにやりと笑つた。
「いや、もつと正確に云えばだね。西郷という男が解熱剤をまちがいなく作つたとすれば、それが袋にはいつてから、徳子の胃にはいるまでに昇汞に変つたというわけだね」
 藤枝が検事に対してはじめてこう云つた。
「うん、そうだ。薬局からこの家に来るまでに変つたか、この家に来てから変つたか、これが大問題だからな」
 検事がまた、にこやかに藤枝に云つた。
「じや、長女に来て貰おうか」
 ふと気をかえて検事が警部にこういうか、いわないうち、ドアにノックが聞えた。検事の声に応じて開かれたドアの所には、ひろ子が美しい顔をあらわしていた。
「あの、私をおよび出しになるだろうと思つてまいりましたのですが、はいりましてもよろしゆうございましようか」
 ひろ子はさだ子の取調べがすんで、自分が呼ばれると思つていたのに、意外に手間どつたので、待ちかねてはいつて来たものと見える。
「ああ、あなたはひろ子さんですね。ちようど今来て貰おうと思つていた所でした。どうかこの椅子へ」
 検事はこういうと朝日の喫いさしをポンと机の上の灰皿にほうりこんだ。
 検事のひろ子に対する取調べも最初はさだ子に対すると同じく、主として駿三の供述に従つたもので、一応その供述を簡単に彼女に述べたのだが、ひろ子の答も大抵それと同じであつた。
「では、昨夜あなたが騒ぎで起された所から話して下さい」
「私が昨夜床に入りましたのは多分十時頃だつたかと思います。いつも枕に頭をつけるとすぐ眠る習慣なので、昨夜もそのまま眠つてしまいましたが、夜半《よなか》にふと目がさめました。後から考えますと、これはつまり父と妹が母のねまの戸を叩いていた音の為に起されたのでございましよう」
「その
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