した。こりや賊がはいつたなと感じましたから、護身用のピストルをとつていきなりドアを中からあけて、
『オイ、どうしたんだ?』
 とさだ子にたずねました。
 するとさだ子は、隣室を指でさしながら、
『ほら、お母さまの室であんなうなり声が……あれ……お父様!』
 と叫んで私に取りすがるのです。私ははじめて落ち着いて妻の室の前でじつと耳をすませますと、成程、なんとも云えない異様な苦しそうな声が聞えます。私はあわてて戸を破れるようにたたきながら、
『徳子! 徳子! どうしたんだ? どうしたんだ』
 と叫びました」
「秋川さん、あなたの室から奥さんの所に行くドアにも鍵がかかつていたのですか?」
 検事はさすがに、此のデリケートな問題を極平気でたずねた。
「はあ……ちよつと妙にきこえるかも知れませんけれど……妻はやはり大変神経質なので、この頃の物騒さを知つているものですから、ねるとき、必ずそこへも鍵をかけていたのです」
「すると、夫たるあなたの室からも賊がはいるかも知れぬというわけだつたのですね。これは少々用心がよすぎるようだ」
 検事はにやりとしながらこう云うと、チラリと書記の方を見たが同時に、藤枝は私の方を妙な目つきでながめた。
「つまり、私がすぐ眠り薬をのむので、この戸は全く必要が……」
「いや、よろしい。それからどうしました?」
「私とさだ子が頻りに戸をたたきますけれども、どうしても開きませぬ。そのうち、ひろ子も此の騒ぎをきいてねまきのままかけつけました。三人で協力してドアを押しますと、その一部が裂けましたので、私はそこへ力をいれて戸を破りはじめました。やつと、中へ手をつつこみ鍵をはずして、妻の室にとび込みますと、妻は、ベッドからころがり落ち、断末魔の苦しい叫び声を立てながら床の上をはいまわつておりました。

      5

 私共三人は驚いて中にはいり、とりあえず徳子を抱き上げてベッドの中に入れましたが、もう目がひつつり、手足をもがいて身を捩るようにして苦しむばかりで全く言語は発しませんでした」
「一言も云えなかつたでしようか」
「言葉はもう一言も発し得なかつたようです。ひろ子が、お母様、どうなさつたのです? と泣き声を上げながらだきつくと、その耳に口を寄せていましたが、何か云いたそうでしたが聞えませんでした。ただ慄える手で傍を指すので、見るとスタンドの側に薬紙らしい
前へ 次へ
全283ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング