うと思つているのです」
検事はこう云つて駿三の方を見た。
「いや、そりや無論私の方から申し上げなければならん事でして……で早速お話致しますが、一言で云いますと、一体どうしてあんな事になつたものか、私にも全く判らないので弱つているのです。妻は別に平生恨まれているような事もなく……」
「いや、そう云う事はまた後でききます、昨夜奥さんの亡くなられるまでの話をうかがい度いのですよ」
「そう、妻は、二、三日前から少々風邪をひいておりましたが、別段熱もなく、すこし頭痛がすると云つていたのですが、昨日午後、どうも頭痛がして困るからと申すので、いつも家に出入をしております薬局で、西郷という家に風邪薬を注文しました。それでその頓服を求めまして、夜十二時頃、寝《しん》につく時にのんだらしいのです。私はそれより少し前、睡眠剤を大分のみましてとこに入りました。
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それから、私は直ぐに深い眠りに入つたのでどの位たつたか判りませんが、物音で目をさましますと、寝室の戸を頻りに叩く音がしてさだ子が、おとうさま、大変です、起きて下さい、起きて下さいと叫んでいるのです」
「ちよつと待つて下さい。僕には少し判らないが」
「あ、そうでした、寝室の模様を少し申しておかなければならなかつたのでしたね。実は私は、このごろ大変不眠症に悩まされているので――それが為に会社も一切退いてしまつたようなわけですが、兎も角妻でも誰でも側に人がいてはどうしても眠れないのです。それで私は自分一人で寝室に眠るのです。その部屋は、この部屋(書斎)の向う側で、階段を上つて直ぐ右が私の寝室、次が妻の寝室で、これも一人で眠ります。
それから、さつきごらんの通りの日本間を二つ程隔てた向うに、三人の娘の寝室があります。ひろ子とさだ子は各自一人でねますが、次の初江と駿太郎が一室に一緒に眠ることになつているのです。それで、私が十二時前に自分の室で薬をのみ、鍵をかけてねてしまつたので、妻がいつねたかはほんとうは判りませぬ。私は自分が睡眠剤をのんで、うとうとしはじめると間もなく隣室のドアのあく音がして、つづいて私の部屋と妻の部屋の間の戸が少しあいて妻が、お休みなさいと云うのをきいたのです。だからそれは後から考えると十二時頃だと思うのです」
「成程、それで、あなたはお嬢さんに起されてからどうしました?」
「私は直ぐにはねおきま
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