とは、永遠の謎である。
 里村千代から秋川駿三にあてて送られてあつた筈の多くの脅迫状も、林田の家からは発見されなかつた。無論、完全にいつのまにか焼きすてられてでもしまつたものだろう。
 里村千代の娘は一応取り調べられたけれども大したことはなくすぐ釈放された。彼女はただヒステリーの母に迫られて、心ならずもタイプライターを打つたにすぎなかつたからである。
 一番大切なのは、事件後に於ける、藤枝の秋川一家を朗かにする努力だつた。
 すでに度々記した通り秋川一家には、ひろ子とさだ子の二人しか生存しておらず、このたつた二人の姉妹がかたきの如くにらみ合つているので、まずこの気分をなごやかにさせることが、藤枝にとつては犯人捕縛以上の骨折だつた。
 彼はまず、事件の経過を姉妹の前に全部展開し、次に事件中の二人の心理をはつきりと指摘した。それから、ひろ子に対しては、その論理的な頭脳とクリミノロギーに関する知識を充分賞讃するのを忘れなかつたけれども同時に、そのさだ子に対する嫌疑の根拠なきを力説した。次いでさだ子に対しては、彼女が恋人と共に悩みぬいた労苦に満腔の同情を表わした後、如何に彼女が巧妙に林田の欺瞞にひつかかつていたかを説明した。
 こうやつてやつとのことで両者間の誤解を解いたのである。
 幸にして、好漢伊達正男の存在が、これが為には極めてよい効果を表した。
 彼は、あらぬ疑を身に受けてさんざん苦しみ抜いたが、さすがにスポーツマンらしく朗かさと明るさを失わなかつた。ただ自分のはじめて知り得た過去を思つては一時全く暗い気持になつたらしいけれども、それも間もなく回復したらしい。彼にして見れば、恋しているさだ子から疑われ、その姉のひろ子から怪まれたということは、償い難き傷手であつたろうが、すつかり姉妹の間がとけると彼は男らしくすべてを水に流してほんとうに心から明るくなり、はては自分から進んで姉妹の間を一層よりよくするようにさえ努力した。
 その結果、林田の死後三日目には、秋川家にはじめて明るい朗かな笑声がきこえるようになつたのである。
 ひろ子は、いつの間にか宏壮な邸宅と八十万の富の所有者となつてしまつた。しかし彼女はやがて間もなく実現すべき、伊達正男、秋川さだ子の結婚を機としてその富の半分を譲ることをわれわれに発表した。また里村千代の気の毒な娘に対しては、伊達が全責任を負つてやること
前へ 次へ
全283ページ中282ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング