、別に誰もおりませんでした」
「ははあ、先生、そのひまにあなたの茶碗に毒薬を入れたんですよ。ねえ高橋さん、あとであそこにある紅茶を調べてごらんなさい。何か判らないが、劇薬がはいつているにちがいありません。……さだ子さん、あなた少しも呑まなかつたでしようね」
「はい、私別にのどがかわいておりませんでしたので」
「林田があなたにすすめやしませんでしたか」
高橋警部が熱心にきいた。
「いくらあいつがあわてたつて、それ程へまなことはやりますまい。それに第一、そんなひまがなかつたろう」
「ほんとにさうでございます。まだいくらもお話しない間に外がさわがしくなつたものですから」
「それにしてもあいつ、いつの間に鍵をかけたのかしらん」
「さあそれでございます。私が林田さんとお話をしようとしていると、その時、今からおもえば先生方なのでしたが、俄かに階段を上つて来る人の足音が聞えたのでございます。それをきくと、林田さんは、サッと顔色をかえて、ドアの所に走りより、中から鍵をかけてしまいました。鍵はいつもドアの内側に附いているのでございます、私は、まさかあんなことになるとは思わず何か余程重大な話がある為に、そういうことをしたのかと思つておりました。するとドアに鍵をかけてもどるやいなや恐ろしい形相になつて(ほんとうにあの恐ろしい顔は今でも目さきにちらついておりますが)いきなり私にとびかかつて両手で私ののどをしめたのでございます。私は余りのおそろしさに、悲鳴をあげたことまではおぼえておりますけれども、あとは全くおぼえがありませぬ」
語り終つて、彼女はほんとうに恐ろしかつた、という様子をした。
きく者一同、ただ固唾をのんでじつと耳をすましていた。
「そうですか。それで大抵わかりました。つまり僕らの来方が間に合つてよかつたのです。彼はわれわれの足音をきいて最早万事休したことをさとり、かねて用意の毒をのんだのでしよう。首をしめられて未だ幸いでしたよ。あの紅茶をのんだら、今頃はもう死体となつているところだつたでしよう。さてと、僕はもう少しさだ子さんとお話したい。木沢さんにはそばにいていただきましよう。高橋さん、あなた方はどうか御遠慮なく、林田の死体の方の始末をなさつて下さい」
今度は藤枝の方で高橋警部らにさつさとこの室を出てくれという勢なので、警部も素直に引下つて現場の取調べに着手した。私も邪
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