いように用意がしてあつたのさ[#「いつ出て来てもいいように用意がしてあつたのさ」に傍点]」
「誰が」
「犯人がさ[#「犯人がさ」に傍点]」
私には藤枝のいうことが何のことかさつぱり判らなかつた。
「ところで一旦僕らはここで別れるとしよう。君はどこかで夕めしでも食べて、七時半頃に――いや八時でもいいが僕のオフィスまで来てくれないか。その時分に僕は待つているから」
「そうかい。用があるのかい、じやそうしよう」
私は何となく心残りがしたが、藤枝がこういうので、やむなく彼に別れ、銀座に出た。
銀座で夕食を食べてブラブラしながら時を費した。
その間私は事件をいろいろに考えていた。
藤枝のこの間の急な旅行の意味も大ていわかつた。それにしても彼の腕には驚くの外はない。しかし一体彼は誰を疑つているのだろう[#「一体彼は誰を疑つているのだろう」に傍点]。それからあの昨日の彼のあわて方。いやあわて方といえばあの時の林田のあわて方も著しかつた。駿三が死んだ時、どうしてこの二人がああもひどくおどろいたのだろう。
こんなことを考えているうちに時計はちようど七時半になつた。
私はいそいで彼のオフィスに行つた。
彼は何か書きものをし終つたところだつた。
「うん、ちようどよかつた。今用事がすんだところだよ。さて、いよいよ秋川家の殺人事件も終りに近づいて来た。僕にも大てい犯人の見当はついて来たのだ。それについてこれから是非会つておかねばならぬ人があるのだ」
「一体誰だい、そりや」
「僕の競争者さ。林田英三だよ。奴は一体どこまで真相を掴んだか、というのだ。これから行つて僕の考えを述べようと思うんだ。僕が勝つか、彼が勝つか、両方かつか、または両方とも失敗するかだ」
「彼も昨日は大分あわてていたらしいが」
「そうだ。昨日は僕も彼も大あわてだつた。そのあわて方がはたして同じ理由だつたかどうかを知りたいものだね[#「そのあわて方がはたして同じ理由だつたかどうかを知りたいものだね」に傍点]」
われわれはまもなく車上の人となつた。
あらかじめ藤枝から林田に電話で通告がしてあつたと見え、二人はすぐ小ぢんまりした洋風の応接間に通された。
「や、昨日は失敬、今日はまたとんでもない女が出て来たつていうじやないか」
林田は出て来るとすぐにそう云つた。
「うん、しかし自殺しちまつたよ。だから、充分なこと
前へ
次へ
全283ページ中228ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング