女の身で処女時代であつた君は、秋川駿三を悪魔と呪つたところで、彼を一生の敵として自分の一生をついやす気にならなかつたのは無理もない。君が心の底で呪いながらも、だまつて秋川駿三が伊達正男を育てて行くのを見ていた。そうして君は里村という男に嫁し、おそらく二、三年までは幸福に暮していたにちがいないのだ。何故僕が、そう思うか、と云えば、この二、三年前までは秋川駿三は脅迫状を君から受けていないからだ。云い換えれば、君は自分の生活に満足して、他人の不幸を望むひまがなかつたと思わなければならぬ。ところが、これは全く僕の想像だが、多分二、三年前に君をある不幸がおそつた。夫が死んだか、あるいは夫が失敗してひどく食うに困るようになつた。いやおそらくは、両方だろう。君は夫の死後、かなり苦しいのじやないかね」
藤枝に今更云われないでも、彼女のようすを見れば、彼女が決して富裕な生活をしているのでないことがはつきり判るのである。彼女はだまつて肯定した。
「これはいささか空想に近いが、君が脅迫状にタイプライターを用いたところを見ると、君自身タイピストとして働いているか、または娘をタイピストにしていると思われるんだがね」
彼女のおどろきの表情は、図星をあてられたことを現していた。
「君自身の指はタイピストの指ではない。とすると、娘さんが働いているということになる。ここに夫に死に別れた後家さんが娘をタイピストに出しているとする。彼女は貧しい。娘も貧しい。世の中は渡りにくい。世の中の人が憎くなつた。こうなつた時この婦人は過去の深いうらみを又かみしめはじめ、味わいはじめたのだ。その悪魔のような男はいつのまにか非常な金持になつている。すべての金持が憎いこの女にとつてこの秋川駿三は一層にくい。そこへもつて来てこの女がヒステリー性の人だとすれば、脅迫状を送る位は何でもないのだ。君はそこで昨年から丹念にタイプライターで脅迫状を送つた。君がどうしてあれを打つたか、それは判らない。何も知らぬ娘に打たせたか、何かの機会に自身で打つたか、判らぬがおそらくは娘に打たせたのだろう。娘は母のヒステリーを心配しながらその命令に従つたのだ。すると、君の全く予期しない出来事が起つた。おどかしはいつのまにか現実となつてあらわれた。四月十七日に秋川駿三の妻がまず死に、次に駿太郎と女中とが殺された。君は全く驚いたが心の中では手を打つ
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